第3節「夜のお忍び(上)」
それから数日後。
「……また来た」
森の木の上で、ルナは静かに呟いた。
視線の先。
夕暮れの森を、金髪の少女が歩いてくる。
「ルナー!」
ぶんぶん手を振っていた。
隠れる気がない。
ルナは少しだけ呆れたように目を細める。
「普通、人間は龍へそんな近づき方をしない」
「だってルナだもん」
「意味が分からない」
シャーロットはえへへっと笑った。
最初こそ怖かった。
でも今は、不思議と怖くない。
静かで。
ちょっと冷たそうで。
でも優しい。
それが今のルナの印象だった。
「傷どう?」
「だいぶ良い」
ルナは木から軽く飛び降りる。
動きが静かだ。
まるで夜そのものみたいだった。
「よかったぁ」
シャーロットが安心したように笑う。
その顔を見て、ルナは少しだけ黙る。
この少女は本当に不思議だった。
見返りを求めない。
龍だと知っても態度が変わらない。
ただ、“苦しそうだから助けた”。
それだけ。
「……お前は暇なのか」
「失礼だなぁ!?」
シャーロットが抗議する。
「ちゃんと勉強してるもん!」
「“もん”」
「そこ笑うところじゃないよ!?」
ルナの口元が少しだけ緩む。
最初より感情が増えていた。
シャーロットといる時だけ。
その時。
ひゅう、と風が吹く。
森の葉が揺れた。
空は少しずつ夜へ変わっていく。
「……綺麗」
シャーロットが空を見上げる。
最近、こうして森へ来る時間が好きだった。
中央教会とは違う。
静かで。
息がしやすい。
「中央は疲れるか」
ルナがぽつりと聞く。
「……うん」
シャーロットは少しだけ俯いた。
「皆優しいんだけどね」
「だが苦しい」
「……うん」
ルナは静かにシャーロットを見る。
この少女は、人の感情を抱え込みすぎる。
苦しそうな人を見れば手を伸ばす。
痛そうなら心配する。
だから。
疲れる。
「……空を見るか」
「へ?」
シャーロットが顔を上げる。
その瞬間。
ふわり、と身体が浮いた。
「えっ」
ルナがシャーロットを抱え上げていた。
「えっ、えっ!?!?」
「騒ぐな」
「む、無理だよぉ!?」
次の瞬間。
黒い光が溢れる。
風が渦を巻く。
そして。
巨大な黒龍が夜空へ羽ばたいた。
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
シャーロットの悲鳴が森へ響く。
翼が風を裂く。
地面が遠ざかる。
木々が小さくなる。
王都の灯りが見えた。
「……ぁ」
シャーロットが息を呑む。
夜の空。
広い風。
月明かり。
世界が、あまりにも綺麗だった。
「すごい……」
怖さより先に、感動が来る。
空気が冷たい。
でも気持ちいい。
「落とさない」
ルナの声が響く。
シャーロットは恐る恐る黒い鱗へ触れた。
硬い。
でも不思議と安心する。
「……飛んでる」
ぽつり、と零れる。
中央教会でも。
診療所でも。
ずっと肩へ力が入っていた。
でも今は違う。
誰もいない夜空。
正しさも。
期待も。
息苦しさもない。
ただ。
風だけが流れていた。




