第2節「ルナ」
「……っ」
ふらり、とシャーロットの身体が揺れる。
龍へ回復魔法を使った反動だった。
「お、おっきすぎるよぉ……」
思わずその場へ座り込む。
人間とは違う。
命そのものが巨大すぎる。
少し傷を和らげるだけでも、かなり消耗した。
「はぁ……」
呼吸を整える。
でも。
龍の呼吸は、さっきより少しだけ落ち着いていた。
「……よかった」
シャーロットは安心したように笑う。
普通なら怖がるはずだ。
巨大な黒龍。
圧倒的な存在。
なのに少女は、“苦しそう”を優先した。
龍は静かにその姿を見つめていた。
金色の瞳。
じっと。
ただじっと。
「……あ」
シャーロットが我に返る。
「ご、ごめんね!」
慌てて頭を下げた。
「勝手に触っちゃった……!」
龍相手に謝っている。
普通ならありえない光景だった。
龍は何も答えない。
だが。
敵意もなかった。
森には静かな風が流れている。
その時。
黒龍の身体が、淡く光り始めた。
「……え?」
シャーロットが目を丸くする。
黒い鱗が光へ溶ける。
巨大な身体が縮んでいく。
「えっ、えっ!?」
混乱する。
やがて光が消えた時。
そこにいたのは、一人の少女だった。
長い黒髪。
金色の瞳。
夜みたいに静かな空気。
年齢はシャーロットと同じくらいに見える。
「……へ?」
シャーロットが固まる。
黒髪の少女は、木へ寄りかかったまま静かにこちらを見ていた。
「人……?」
少女は少しだけ首を傾げる。
「……人ではない」
静かな声だった。
「龍」
「りゅ、龍ぅ!?」
シャーロットが後ずさる。
今さらである。
だが少女――黒龍は、少し不思議そうに目を細めた。
「今さら怖がるのか」
「だ、だって急に人になったし!」
当然だった。
さっきまで巨大な龍だったのに、突然女の子になったのだ。
混乱する。
「……変な人間」
ぽつり、と黒龍が呟く。
「うぅ……」
否定できない気がした。
少女はゆっくり立ち上がる。
まだ少しふらついていた。
傷は完全には治っていない。
「だ、大丈夫!?」
シャーロットが慌てて支える。
すると。
黒龍が少しだけ目を見開いた。
「……」
そのまま黙り込む。
「痛い?」
「少し」
「そっかぁ……」
シャーロットが眉を下げる。
本当に心配そうだった。
黒龍はそんな少女をじっと見ていた。
「……何故助けた」
「え?」
「私は龍だ」
普通、人間は龍を恐れる。
逃げる。
武器を向ける。
討伐対象にする。
なのに。
「苦しそうだったから」
シャーロットは当たり前みたいに答えた。
黒龍が沈黙する。
どこかで聞いたような言葉だった。
でも。
人間から向けられたことはない。
「……お前」
黒龍が小さく呟く。
「変」
「また言われた!?」
最近よく言われる。
シャーロットがちょっとショックを受けていると。
くすっ。
小さな笑い声がした。
「……え?」
黒龍が笑った。
本当に少しだけ。
でも確かに。
「……ふふ」
夜みたいに静かな笑い方だった。
「名前」
「へ?」
「お前の名前」
「あっ、シャーロット!」
慌てて答える。
「シャーロット・――」
言いかけて止まる。
名字がない。
スラム育ちだから。
黒龍は少しだけ目を細めた。
「……シャーロット」
静かに繰り返す。
「あなたは?」
「ルナ」
短い名前だった。
「ルナ……」
シャーロットが小さく繰り返す。
すると。
ぐぅぅ……。
「……あ」
シャーロットのお腹が鳴った。
静かな森へ響く。
「……」
「……」
沈黙。
シャーロットの顔が真っ赤になる。
「ご、ごめんなさいぃ!!」
ルナは少しだけ目を丸くした。
それから。
また、小さく笑った。




