第3節「見えている景色」
診療棟の視察が終わった後。
アルベルトは中央教会の中庭を歩いていた。
白い石畳。
整えられた花壇。
静かな噴水。
中央教会らしい、美しい景色だった。
「本日の視察、ありがとうございました」
隣を歩く神官が頭を下げる。
「いえ。現場を知ることは重要ですから」
アルベルトは穏やかに答えた。
その言葉に嘘はない。
本気でそう思っている。
王族は民を知らなければならない。
苦しみを理解しなければならない。
だから彼は、ちゃんと現場を見る。
書類だけでは終わらせない。
「……ですが」
神官が少し言葉を選ぶ。
「例の少女は、少々特殊かと」
「シャーロットさんですか」
「感情優先の傾向があります」
遠回しな言い方だった。
だが意味は分かる。
非効率。
秩序を乱しかねない。
中央教会的には危うい存在。
「……」
アルベルトは少しだけ考え込む。
診療棟での姿を思い出していた。
怖がる子供の隣へ自然に座る少女。
説明より先に、不安へ触れていた。
「悪い子ではありません」
アルベルトは静かに言った。
「ですが、優しすぎます」
神官がぽつりと漏らす。
「優しさだけでは、多くを救えません」
その言葉に。
アルベルトは静かに頷いた。
それは事実だ。
王国は広い。
救いを必要とする人は多い。
だからこそ。
感情だけで動くわけにはいかない。
「……分かっています」
その頃。
「ふぅ……」
シャーロットは診療棟裏のベンチへ座り込んでいた。
今日はずっと緊張していた。
「疲れましたか?」
エリシアが隣へ立つ。
「うん……」
素直に頷く。
「王子様ってすごいねぇ」
「第一王子殿下は優秀な方ですから」
「うん」
シャーロットもそれは感じていた。
優しい。
真面目。
ちゃんとしている。
皆が“理想の王子様”と言う理由も分かる。
「でも」
ぽつり、と零れる。
「なんか遠い」
エリシアが少し目を瞬かせた。
「遠い?」
「うまく言えないけど……」
シャーロットは空を見上げる。
「ちゃんと見てるのに」
「なんか上から見てる感じ」
言葉を探しながら続ける。
「困ってる人を見てるんだけど」
「その人の隣には座らない感じ?」
「……」
エリシアは黙って聞いていた。
それは失礼な感想かもしれない。
でも。
不思議と否定しきれなかった。
アルベルトは民を見る。
理解しようともしている。
だが。
彼が立っている場所は、ずっと高い。
王族として。
正しく。
広く。
国全体を見ている。
だからこそ。
一人へ深く沈み込むような寄り添い方は、しない。
「……あなたは逆ですね」
エリシアが静かに言う。
「え?」
「近すぎます」
シャーロットはきょとんとした。
「苦しそうな人へ、入り込みすぎる」
「ぅ」
否定できなかった。
「……でも」
シャーロットが小さく俯く。
「近くで見ないと分かんないよ?」
痛そうな顔。
怖そうな声。
震えてる手。
近くへ行かないと見えない。
だからシャーロットは、自然と隣へ座ってしまう。
「……」
エリシアは静かに目を伏せた。
中央教会では、“広く見る”ことを学ぶ。
効率。
優先順位。
全体最適。
それは必要なことだ。
でも。
目の前の少女は、“近くで見る”。
それしかできない。
だからこそ。
拾えてしまう感情がある。
「……難しいですね」
エリシアがぽつりと呟く。
「なにが?」
「正しさ、です」
シャーロットは少し不思議そうな顔をした。
その時。
遠くから鐘の音が響く。
中央教会の静かな空へ、ゆっくりと広がっていく。
アルベルトは国全体を見ている。
シャーロットは目の前の人を見ている。
どちらも間違いではない。
だからこそ。
二人の“正しさ”は、少しずつズレ始めていた。




