第2節「正しい世界」
アルベルトの視察は、驚くほど丁寧だった。
「患者数は?」
「地方との連携状況は?」
「薬品供給の遅れはありませんか?」
次々に質問が飛ぶ。
神官たちも緊張した様子で答えていた。
シャーロットは少し離れた場所から、その様子を見ている。
「……すごいね」
ぽつりと呟く。
エリシアが静かに頷いた。
「第一王子殿下は非常に優秀な方です」
実際そうだった。
書類だけ見ているわけじゃない。
ちゃんと現場へ来る。
話も聞く。
言葉遣いも丁寧。
誰に対しても誠実だ。
だから中央でも人気が高い。
「理想的な王族ですよ」
エリシアの声には敬意があった。
その時。
「……ん?」
シャーロットの視線が止まる。
待機列。
椅子へ座ったまま、不安そうに周囲を見る子供がいた。
小さな男の子。
母親の服をぎゅっと掴んでいる。
「……怖いのかな」
ぽつりと漏れる。
だが今は視察中だ。
勝手な行動はできない。
シャーロットは小さく拳を握った。
一方。
アルベルトは診療棟の奥で神官たちと話していた。
「重要なのは、平等な救済です」
落ち着いた声だった。
「身分や地域によって救いへ差があってはならない」
神官たちが頷く。
立派な考え方だった。
「王国全体へ医療支援を広げる必要があります」
「素晴らしいお考えです」
皆が感心している。
実際、その理想は正しかった。
多くの民を救うための考え。
王族として立派な志。
けれど。
「……平等」
シャーロットだけは、その言葉を小さく繰り返していた。
その時。
「っ、やだぁ!!」
突然、子供の泣き声が響いた。
診療棟の空気が揺れる。
振り向く。
さっきの男の子だった。
「痛いのやだぁ!!」
回復処置前らしい。
術師が困った顔をしている。
「大丈夫です、すぐ終わりますから」
「やだぁぁ!!」
暴れてしまい、治療が進まない。
周囲も少しざわついていた。
「……」
シャーロットの足が動きそうになる。
だが。
視察中。
王子もいる。
勝手に動いていい空気じゃない。
「……」
ぎゅっと手を握る。
その時だった。
「落ち着くまで待ちましょう」
アルベルトが静かに言った。
診療棟が静まる。
「無理に押さえつければ恐怖心が残ります」
穏やかな声だった。
「安心させてから治療するべきです」
「……っ」
シャーロットが目を丸くする。
アルベルトは男の子へ目線を合わせた。
「怖いですね」
優しい声。
男の子が涙目で頷く。
「ですが、治療しなければもっと苦しくなります」
丁寧に説明する。
落ち着いた態度。
理想的な対応だった。
周囲も感心したように見ている。
「さすが殿下……」
「お優しい……」
そんな声まで聞こえた。
けれど。
「……違う」
シャーロットだけは、小さく呟いていた。
「え?」
エリシアが振り向く。
シャーロットは男の子を見つめていた。
怖がっている。
泣きそうだ。
ちゃんと説明されても、まだ不安そうだった。
その時。
「……大丈夫だよ」
シャーロットがそっと近づいた。
「シャーロット?」
エリシアが驚く。
だが少女は、男の子の前へしゃがみ込む。
そして。
ぎゅっと小さな手を握った。
じんわりと暖かな光が滲む。
「すぐ終わるからね」
男の子の呼吸が少し落ち着く。
「……ぅ」
涙目のまま、ぎゅっと握り返してくる。
それを見て。
アルベルトが静かに目を細めた。
「……なるほど」
ぽつりと漏れる。
説明ではなく。
理屈でもなく。
ただ隣に座り、不安へ寄り添う。
それがシャーロットだった。
治療が始まる。
男の子は涙ぐみながらも、ちゃんと耐えていた。
「終わりましたよ」
「……できた」
術師が笑う。
男の子も少しだけ誇らしそうだった。
シャーロットは嬉しそうに笑う。
「頑張ったねぇ」
その光景を見ながら。
アルベルトは静かに考えていた。
理想的な説明。
正しい対応。
それでも届かないものがある。
目の前の少女は、それを自然に埋めてしまった。
だからこそ。
少しだけ気になった。
この少女は、一体どこまで人へ寄り添ってしまうのだろうと。




