第1節「第一王子」
中央教会の大聖堂は、朝から慌ただしかった。
「急いでください」
「花の配置はこちらです」
「祭壇側の確認を!」
修道女たちが忙しそうに動き回っている。
いつも以上に空気が張り詰めていた。
「……なんか今日すごいねぇ」
シャーロットは花束を抱えながら辺りを見回す。
エリシアが隣で静かに答えた。
「今日は王族視察があります」
「王族」
その瞬間。
シャーロットの動きが止まった。
「……おうぞく?」
「はい」
「えっ」
固まる。
スラム育ちの少女にとって、“王族”は物語の中の存在だ。
遠い。
別世界。
自分とは関係ない人たち。
「む、無理かも」
「何がです?」
「なんか粗相しそう!」
真顔だった。
エリシアは小さく息を吐く。
「普通にしていれば問題ありません」
「それが難しいんだよぉ……!」
半泣きである。
その時。
「エリシア様!」
若い修道女が慌ててやってきた。
「第一王子殿下が到着されました!」
空気が変わる。
周囲の修道女たちが一斉に姿勢を正した。
「行きます」
「ぅぅ……」
シャーロットも慌てて背筋を伸ばす。
大聖堂へ向かう。
白い大理石。
差し込む光。
静まり返る空間。
その中央に、一人の青年が立っていた。
金髪。
整った顔立ち。
白を基調とした礼服。
姿勢は真っ直ぐで、無駄がない。
まるで“理想の王子様”そのものだった。
「第一王子アルベルト殿下です」
エリシアが静かに告げる。
シャーロットは思わず見上げた。
「……すごい」
本当に綺麗だった。
絵本の中みたいに。
アルベルトは周囲へ穏やかな視線を向けている。
修道女にも。
神官にも。
平等に丁寧だった。
「本日は視察を受け入れていただき感謝します」
声も落ち着いている。
威圧感はない。
むしろ優しそうだった。
「こちらこそ光栄です」
神官たちが頭を下げる。
その時。
アルベルトの視線が、ふとシャーロットへ止まった。
「……?」
シャーロットはびくっと肩を揺らした。
「その子は?」
静かな問い。
エリシアが一歩前へ出る。
「地方教会より移送された聖属性保持者です」
「……彼女が」
アルベルトが静かにシャーロットを見る。
嫌な視線ではなかった。
値踏みでもない。
ただ、真っ直ぐ見ている。
「シャーロットです……」
緊張で声が小さい。
アルベルトは少し目を細めた。
「君が、例の“怖がられない回復術”を使う子ですね」
「こ、怖がられない……?」
「中央でも話題になっています」
シャーロットは困ったように視線を泳がせた。
そんな大層なものじゃない。
ただ少し楽になるだけだ。
「人を安心させる力は貴重です」
アルベルトが静かに言う。
「民を支える者として、とても素晴らしい」
「……」
その言葉に。
シャーロットは少しだけ胸が落ち着かなかった。
褒められている。
優しい言葉だ。
でも。
どこか遠い。
そんな感覚があった。
「殿下は本日、診療棟の視察も予定されています」
エリシアが説明する。
アルベルトは静かに頷いた。
「現場を見ることは重要ですから」
その言葉は正しい。
ちゃんとしている。
理想的な王子様。
皆がそう思うだろう。
けれど。
「……現場」
シャーロットだけは、小さくその言葉を繰り返していた。
その視線の先で。
アルベルトは完璧な笑みを浮かべている。
正しくて。
優しくて。
でも。
まだ誰も知らない。
その“正しさ”が、シャーロットと少しずつズレ始めることを。




