第2節「奇跡の後」
マリアの診療所には、次から次へと患者がやってくる。
「先生、咳が止まらなくてねぇ」
「今度は膝かい。忙しいねぇ」
「腰も痛くて……」
中央教会の診療棟みたいに、綺麗な列はない。
番号札もない。
皆、自然に椅子へ座り、順番を待っていた。
その空気は不思議と穏やかだった。
「次、シャーロットちゃん手伝ってくれるかい?」
「うん!」
包帯を運ぶ。
薬草を渡す。
水を持ってくる。
シャーロットは楽しそうに動き回っていた。
「……なんか、生き生きしてますね」
エリシアがぽつりと呟く。
中央教会では、どこか縮こまっていた。
だが今は違う。
診療所の中をぱたぱた走り回っている。
マリアはくすっと笑った。
「この子は“人の近く”の方が落ち着くんだろうねぇ」
「……そうかもしれません」
エリシアも静かに頷く。
その時。
「はい、今日は終わり!」
マリアが手を叩いた。
最後の患者を見送り、診療所の空気が少し落ち着く。
「つ、疲れたぁ……」
シャーロットが椅子へへたり込む。
「お疲れ様」
エリシアが温かいお茶を差し出した。
「ありがとぉ……」
両手で受け取る。
ほわほわと湯気が立っていた。
その様子を見て、マリアが静かに笑う。
「エリシアちゃんも変わったねぇ」
「……そうでしょうか」
「前はもっと硬かった」
「……」
エリシアは少しだけ黙り込む。
否定はできなかった。
中央教会では、感情より正しさを優先する。
それが当たり前だった。
でも。
シャーロットを見ていると、時々分からなくなる。
「……先生」
エリシアが静かに口を開いた。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
「なんだい?」
「どうして中央教会は、先生を“特別扱い”しているのですか?」
その質問に。
診療所の空気が少し静かになった。
シャーロットも顔を上げる。
「特別扱い?」
「あなたは医療顧問です。普通の町医者ではありません」
エリシアは真面目な顔をしていた。
「高位神官たちも、先生へは強く出ない」
不思議だった。
中央教会は厳格な組織だ。
なのにマリアだけ、どこか扱いが違う。
「……あぁ」
マリアは少し困ったように笑った。
「まあ、隠すほどでもないかねぇ」
そう言って、ゆっくり椅子へ腰掛ける。
「昔ねぇ」
静かな声だった。
「私は“聖女”だったんだよ」
「……え?」
シャーロットが固まる。
エリシアも目を見開いた。
「せ、聖女!?」
「そう大声出さなくても聞こえてるよ」
マリアは苦笑する。
だがシャーロットは混乱していた。
目の前のおばあちゃん先生。
薬草臭くて。
ちょっと散らかってて。
優しく笑う町医者。
その人が聖女?
「ほ、本当に……?」
「本当さ」
マリアは静かに頷いた。
「正確には“先々代聖女”だけどねぇ」
診療所が静まり返る。
シャーロットは言葉を失っていた。
聖女。
中央教会の象徴。
奇跡を起こす存在。
そんな人が、どうしてここに?
「……でも」
シャーロットがおずおずと口を開く。
「中央にいないの?」
聖女なら、もっと凄い場所にいると思っていた。
豪華な部屋。
大聖堂。
皆に囲まれて。
けれど。
「……疲れたんだよ」
マリアは静かに笑った。
その笑顔は優しい。
でも。
どこか少しだけ寂しかった。
「奇跡ってのはねぇ」
窓の外を見る。
「ずっと続けられるもんじゃない」
「……」
「人を救う力は、便利だ」
静かな声。
「だから皆、頼る」
シャーロットは黙って聞いていた。
「もっと救って」
「もっと助けて」
「もっと奇跡を」
マリアはぽつりぽつりと続ける。
「気づいたらねぇ、自分が空っぽになってた」
その言葉に。
シャーロットの胸が小さく痛んだ。
マリアはそんなシャーロットを見て、少しだけ目を細める。
「……似てるんだよ」
「え?」
「昔の私に」
静かな診療所。
薬草の香り。
夕日が差し込む中で。
シャーロットは初めて、“聖女のその後”を知った。




