第1節「町医者」
中央教会の外れには、少し古い建物がある。
白い中央本棟と比べれば小さく、目立たない場所だった。
「……ここ?」
シャーロットは目をぱちぱちさせた。
木造の二階建て。
壁には薬草が吊るされている。
窓は少し古い。
でも。
どこか暖かい空気があった。
「診療所です」
隣でエリシアが静かに答える。
「中央教会所属の町医者が使っています」
「町医者……」
シャーロットは少しだけ目を輝かせた。
中央教会の診療棟は綺麗だった。
でも同時に、どこか緊張する場所でもある。
けれどここは違う。
薬草の匂い。
木の軋む音。
人の気配。
地方教会に少し似ていた。
「入りますよ」
「うん!」
扉を開ける。
からん、と鈴が鳴った。
「はいはい、今行くよー」
奥から聞こえてきたのは、のんびりした声だった。
やがて現れたのは、小柄なおばあちゃんだった。
灰色混じりの長い髪。
丸眼鏡。
白衣姿。
年齢はかなり上に見える。
「おや」
その目がシャーロットを捉える。
「この子が噂の子かい」
「……噂?」
シャーロットがきょとんとする。
おばあちゃんはふふっと笑った。
「中央じゃ最近有名だよ。“怖がられない聖属性の子”ってね」
「ぅ」
少し恥ずかしくなる。
エリシアが静かに説明した。
「こちらはマリア先生です」
「先生?」
「町医者兼、中央教会医療顧問です」
「えっ、すごい人!?」
シャーロットが慌てて頭を下げる。
「し、シャーロットです!」
「そんな固くならなくていいさ」
マリアは穏やかに笑った。
「ほら、座りな」
診療所の中は意外と散らかっていた。
本の山。
薬瓶。
机には紙束。
中央教会の整然とした空気とはかなり違う。
「……なんか安心する」
ぽつりと漏らす。
マリアが目を細めた。
「中央は綺麗すぎるからねぇ」
「!」
シャーロットがぱっと顔を上げる。
まるで自分の気持ちを見抜かれたみたいだった。
「苦しかったかい?」
「……ちょっと」
素直に頷く。
エリシアは少しだけ視線を逸らした。
マリアはそんな二人を見て、くすっと笑う。
「まあ、あそこは“正しい場所”だからね」
静かな声だった。
「正しい場所?」
シャーロットが聞き返す。
「効率、管理、優先順位。全部必要なことさ」
マリアは椅子へ腰掛けながら続ける。
「でもねぇ」
窓の外を見る。
「人間ってのは、そんな綺麗に割り切れないんだよ」
「……」
シャーロットは静かにその言葉を聞いていた。
その時。
からん、と入口の鈴が鳴る。
「先生、腰がまた……」
入ってきたのは年配の男性だった。
「おやおや、無理したねぇ」
マリアが立ち上がる。
その動きは年齢を感じさせないほど自然だった。
「また畑仕事だろ?」
「いやぁ……」
「座りな」
マリアは男性の腰へそっと触れる。
淡い回復魔法。
だが光は弱い。
中央術師たちほど強くない。
「……?」
シャーロットは少し首を傾げた。
でも。
「楽になったぁ……」
男性は心底ほっとした顔をしていた。
その様子を見て、マリアが笑う。
「痛み全部は取れないよ。歳だからねぇ」
「それでも十分だ」
男性は嬉しそうだった。
シャーロットはそのやり取りをじっと見つめる。
中央みたいな大規模治療じゃない。
奇跡みたいな回復でもない。
でも。
目の前の人を、ちゃんと見ている。
そんな空気があった。
「……似てる」
ぽつり、とマリアが呟く。
「え?」
シャーロットが顔を上げる。
マリアは優しく目を細めていた。
「いや、なんでもないよ」
その笑顔は穏やかだった。
けれど。
どこか少しだけ、懐かしそうでもあった。




