第7節「息苦しい正しさ(上)」
中央教会での日々は、規則正しく過ぎていった。
朝の祈り。
講義。
診療補助。
座学。
食事。
すべてが管理され、整えられている。
だからこそ。
「……息が詰まりそう」
誰もいない廊下で、シャーロットは小さく呟いた。
静かすぎるのだ。
綺麗すぎる。
誰も怒鳴らない。
誰も取り乱さない。
でも。
皆、どこか余裕がない。
「シャーロット?」
「あっ」
後ろから声を掛けられ、慌てて振り返る。
エリシアだった。
「こんなところで何を?」
「えっと……ちょっと休憩」
本当は少し逃げてきた。
講義室の空気が苦しかったから。
エリシアはシャーロットの顔を見て、小さく息を吐く。
「疲れていますね」
「ぅ」
否定できなかった。
最近の講義は特に難しい。
今日は“患者管理論”だった。
『限られた医療資源をどう配分するか』
そんな内容。
黒板には数字が並び。
生存率。
優先順位。
回復効率。
そういう言葉が飛び交っていた。
「……難しかった」
ぽつりと漏らす。
「あなたは感覚で動きすぎです」
エリシアが静かに言った。
「中央では、それだけでは通用しません」
「……うん」
分かっている。
中央が間違っているとは思わない。
多くの人を救うには、きっと必要なことなのだ。
でも。
「数字で決めるんだね」
シャーロットが小さく言う。
「……」
「この人は助ける」
「この人は後」
静かな声だった。
エリシアは少し目を伏せる。
「それが現実です」
「……」
「全員を同時に救うことはできません」
正しい言葉。
何度も聞いた。
でも。
シャーロットの胸は、やっぱり苦しくなる。
その時。
講義室の方から慌ただしい足音が聞こえた。
「急患です!」
「高位神官様を!」
空気が一気に張り詰める。
修道女たちが急いで走っていく。
エリシアも表情を引き締めた。
「行きますよ」
「う、うん!」
診療棟へ向かう。
そこでは既に騒ぎになっていた。
「貴族街で事故が……!」
「重傷者多数!」
運び込まれてくる患者。
血の匂い。
怒鳴り声。
中央教会は静かだ。
そう思っていた。
でも違う。
静かなのは、“整えられているから”だった。
「軽症は待機列へ!」
「重症者を優先してください!」
次々に指示が飛ぶ。
術師たちも休む暇なく動いていた。
シャーロットも補助へ入る。
「包帯!」
「はいっ!」
走る。
水を運ぶ。
手を貸す。
必死だった。
その中で。
「……」
シャーロットの視線が止まる。
部屋の隅。
椅子へ座ったまま、ぐったりしている老人がいた。
軽症判定なのだろう。
優先順位が低い。
だから後回し。
でも。
苦しそうだった。
「……っ」
シャーロットの足が動きそうになる。
その瞬間。
「シャーロット!」
エリシアの声が飛ぶ。
「こちらを優先してください!」
「ぁ……うん!」
慌てて戻る。
中央は今、混乱している。
勝手な行動は駄目だ。
分かっている。
分かっているのに。
ちらり、と視線が老人へ向いてしまう。
「……全部見えちゃう」
ぽつり、と漏れる。
目に入ってしまう。
苦しそうな顔。
痛そうな声。
助けを待つ人。
だから。
心が落ち着かない。
エリシアはそんなシャーロットを見ていた。
効率だけでは動けない少女。
中央では危うい考え方。
でも。
どうしてか。
その危うさが、胸へ引っかかって離れなかった。




