第6節「回復魔法の現実(下)」
「……失礼します」
シャーロットは小さく頭を下げると、待機列の方へ歩き出した。
「シャーロット」
エリシアが静かに呼ぶ。
だが少女は振り返らなかった。
咳き込む女の子のそばへしゃがみ込む。
「大丈夫?」
母親がびくりと肩を揺らした。
「あ、あの……」
服装を見れば分かる。
中央教会の候補生。
自分たちとは違う世界の人間。
だから緊張していた。
だが。
「苦しい?」
シャーロットは優しく目線を合わせる。
女の子は小さく頷いた。
「ごほっ……」
細い肩が震える。
シャーロットはその背をそっと撫でた。
「大丈夫だよ」
じんわりと暖かな光が滲む。
強い光じゃない。
でも。
女の子の呼吸が少し落ち着いた。
「……ぁ」
母親が目を見開く。
「少しだけだからね?」
シャーロットは申し訳なさそうに笑った。
完全には治せない。
今の自分にはそれしかできない。
それでも。
「……楽」
女の子が小さく呟く。
その瞬間。
周囲の空気が少し変わった。
「何してるんだ?」
「あの子……」
視線が集まる。
中央では、順番を無視する行為は好まれない。
だがシャーロットは気づいていなかった。
ただ。
苦しそうだったから。
「ありがとう……ございます」
母親が涙ぐみながら頭を下げる。
シャーロットは慌てて首を振った。
「だ、大丈夫!」
その時。
「シャーロット」
後ろから静かな声が落ちる。
振り向く。
エリシアだった。
怒っているわけではない。
でも真面目な顔をしている。
「……ごめんなさい」
シャーロットは小さく俯いた。
「順番、だったよね」
「……」
エリシアは少し黙り込む。
本来なら注意するべきだ。
中央教会は秩序で動いている。
感情だけで動けば、現場は混乱する。
それは正しい。
だが。
目の前の母親は泣いていた。
少女も、さっきより楽そうに呼吸している。
「……次からは、勝手な行動をする前に相談してください」
静かな声。
シャーロットは驚いたように顔を上げた。
「怒らないの?」
「怒っています」
「ぅ」
しょんぼりする。
だがエリシアは小さく息を吐いた。
「ですが……」
一瞬、言葉を迷う。
「あなたのしたことが、間違いだとも言い切れません」
「……」
シャーロットは目を丸くした。
その時だった。
「次の患者を!」
再び慌ただしい声が響く。
診療棟は止まらない。
次々に運ばれてくる患者。
優先順位。
選別。
効率。
中央教会は、そうやって多くを救っている。
それは事実だ。
でも。
シャーロットは待機列を見る。
まだ苦しそうな人がいる。
不安そうな顔がある。
「……全部、見えてしまう」
ぽつりと漏れた。
エリシアが視線を向ける。
シャーロットは小さく俯いていた。
「待ってる人も」
「苦しそうな人も」
「怖そうな人も」
全部見えてしまう。
だから。
放っておけない。
「……疲れませんか」
エリシアが静かに尋ねる。
シャーロットは少しだけ笑った。
「疲れるよ?」
あっさり言う。
「でも、苦しそうだから」
やっぱりそこへ戻る。
エリシアは言葉を失った。
中央教会では、“正しさ”を学ぶ。
効率。
優先順位。
合理性。
それは必要なことだ。
だが。
目の前の少女は、それでも手を伸ばこうとする。
非効率で。
危うくて。
きっと壊れやすい。
それなのに。
どうしてこんなにも、目が離せないのだろうと。
エリシアは初めて思った。




