第5節「回復魔法の現実(上)」
「今日は診療棟の見学をしてもらいます」
翌朝。
エリシアはいつも通り落ち着いた声でそう言った。
「見学?」
「中央教会の実務です」
シャーロットは少し緊張したように頷く。
中央へ来てから数日。
講義や補助作業には少し慣れてきた。
でも、まだこの場所の空気には慣れない。
綺麗すぎるのだ。
静かで。
整いすぎている。
地方教会のような温かさとは、どこか違っていた。
診療棟へ向かう。
白い廊下。
規則正しく並ぶ扉。
薬品の匂い。
歩く修道女たちの足音まで静かだった。
「……すごい」
思わず呟く。
地方教会より何倍も広い。
設備も整っている。
治療室も多い。
王国中から患者が集まる場所。
それが中央教会だった。
「こちらです」
エリシアに案内され、一つの大きな部屋へ入る。
そこには多くの患者がいた。
椅子へ座る者。
横になっている者。
怪我人。
病人。
様々だった。
だが。
「番号札を確認してください」
「次の方はこちらへ」
空気はどこか事務的だった。
修道女たちは淡々と動いている。
効率よく。
無駄なく。
「……」
シャーロットは静かに周囲を見る。
苦しそうな人がいる。
痛そうな人がいる。
でも。
皆、順番を待っていた。
「中央では患者数が多いため、優先順位を設定しています」
エリシアが説明する。
「重症度、回復可能性、社会的重要性などを加味し――」
「社会的重要性?」
シャーロットが聞き返す。
エリシアは少しだけ言葉を選んだ。
「……要するに、立場です」
「立場」
「貴族、高位神官、有力商人などは、優先治療対象になる場合があります」
静かな説明。
中央では当たり前のことだった。
限られた術師。
限られた時間。
だから選別が必要になる。
「……」
シャーロットは何も言わなかった。
その時。
「こちらへ!」
声が響く。
修道女たちが慌ただしく動き始めた。
運び込まれてきたのは、豪華な服を着た男性だった。
「伯爵家のご子息です!」
「高位術師を!」
空気が一気に変わる。
奥の治療室が優先的に開かれる。
周囲の患者たちが道を譲った。
「……」
シャーロットはその様子を見つめる。
すると。
視界の端に、小さな女の子が映った。
隅の椅子。
ぼろぼろの服。
咳き込んでいる。
隣には母親らしき女性。
不安そうに娘を抱いていた。
「……あの子」
シャーロットが小さく呟く。
エリシアも視線を向けた。
「あちらは待機列です」
「待機……」
「軽症判定ですね」
確かに今すぐ死ぬようには見えない。
でも。
「苦しそう」
シャーロットは眉を下げた。
女の子は何度も咳をしている。
呼吸も少し苦しそうだ。
「順番があります」
エリシアが静かに言う。
「……うん」
シャーロットは頷いた。
でも胸が重かった。
その時だった。
「っ、ごほっ……!」
女の子が大きく咳き込む。
身体が小さく震える。
母親が慌てて背中を擦っていた。
「大丈夫、大丈夫だから……!」
でも声が震えている。
不安なのだ。
怖いのだ。
シャーロットは思わず一歩前へ出る。
だが。
「シャーロット」
エリシアが静かに呼び止めた。
その声に足が止まる。
「……今は待機です」
正しい言葉だった。
中央のルール。
優先順位。
効率。
全部分かる。
でも。
シャーロットは、小さく唇を噛んだ。
目の前で苦しそうなのに。
ただ待つしかない。
それが。
どうしても苦しかった。




