第4節「エリシア」
エリシア・フォン・グランツは、中央教会でも優秀な候補生として知られていた。
成績は常に上位。
礼儀作法も完璧。
回復魔法の制御精度も高い。
貴族出身ということもあり、周囲からの評価も高かった。
だからこそ。
「……理解できません」
自室で本を閉じながら、小さく呟く。
頭に浮かぶのは、金髪の少女だった。
『全部、助けちゃだめなの?』
あの言葉。
あまりにも非効率。
あまりにも理想論。
中央教会では通用しない考え方だ。
なのに。
「……どうしてあんな顔を」
シャーロットは本気だった。
綺麗事を言いたいわけじゃない。
本当に、“苦しそうだから助けたい”と思っている。
それがエリシアには不思議だった。
こんこん、と扉が鳴る。
「エリシア様」
「どうぞ」
入ってきたのは若い修道女だった。
「診療棟の補助要請です」
「分かりました」
立ち上がる。
白い法衣を整え、診療棟へ向かった。
中央教会の診療棟は広い。
白い廊下。
整然と並ぶ部屋。
地方教会より設備も整っている。
だが。
「次の患者を」
「こちらへ運んでください」
空気はどこか冷たかった。
効率重視。
優先順位。
正しく管理された空間。
それが中央教会だ。
エリシアが診療室へ入ると、そこにシャーロットがいた。
「あっ、エリシアさん」
ぱっと顔が明るくなる。
その反応に、エリシアは少しだけ目を瞬かせた。
「……何をしているのです?」
「お手伝い!」
元気に答える。
だが手元を見ると、包帯がぐしゃぐしゃだった。
「……巻き直します」
「ぅ」
しょんぼりするシャーロット。
エリシアは小さくため息を吐いた。
「力を入れすぎです。患者が痛がります」
「ご、ごめんなさい……」
素直に謝る。
その様子に周囲の修道女たちが苦笑した。
「でも助かってますよ」
「患者さん、シャーロットさんがいると落ち着くので」
「……」
エリシアは視線を向ける。
診療室の子供が、シャーロットの服を掴んでいた。
「お姉ちゃん、いて」
「うん」
自然に隣へ座る。
すると子供の表情が少し和らぐ。
その空気を見て、エリシアは静かに考え込んだ。
中央にも優秀な術師はいる。
傷を塞ぐ力なら、シャーロットより上の人間はいくらでもいる。
だが。
「……怖がらない」
ぽつりと漏れる。
「え?」
「いえ」
子供は普通、回復魔法を怖がる。
痛み。
違和感。
身体を書き換えられる感覚。
だから泣く。
暴れる。
けれどシャーロットの周囲だけ、空気が違った。
「エリシアさん?」
不思議そうに見上げてくる。
青い瞳。
まっすぐな目。
そこに打算はなかった。
「……あなたは」
エリシアが静かに口を開く。
「どうしてそこまで他人へ手を伸ばせるのです?」
「えっ」
シャーロットはきょとんとした。
「どうして……?」
「自分が苦しくなっても、でしょう」
普通は怖い。
疲れる。
嫌になる。
なのにシャーロットは、迷わず近づいていく。
シャーロットは少し考え込んだ。
それから。
「……だって」
静かに笑う。
「苦しそうだから」
やっぱりそれだった。
あまりにも単純。
あまりにも真っ直ぐ。
エリシアは言葉を失う。
もっと立派な理由を想像していた。
使命感。
聖女としての志。
そういうものを。
でも違う。
この少女は、本当に。
“目の前で苦しそうだから”。
それだけで動いている。
「……変な人」
ぽつり、とエリシアが漏らす。
「えぇっ!?」
シャーロットがショックを受けた顔をした。
その反応に。
エリシアは、ほんの少しだけ笑ってしまった。




