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第3節「綺麗すぎる場所(下)」

中央教会での生活は、地方とはまるで違っていた。


 朝は鐘の音で始まる。


 決まった時間に起床。


 祈り。


 朝食。


 授業。


 治療補助。


 座学。


 すべてが時間通りに進んでいく。


「……すごい」


 シャーロットは何度目かの感想を漏らした。


「皆ちゃんとしてる……」


 廊下を歩く候補生たちは、背筋が伸びている。


 礼儀も完璧。


 言葉遣いも綺麗だ。


 歩き方まで静かだった。


 シャーロットは自分の足音を気にしてしまう。


「……変じゃないかな」


 小さく呟きながら歩く。


 すると。


「シャーロット」


「あっ」


 後ろからエリシアが来ていた。


「次は基礎講義です」


「き、基礎……」


 シャーロットの顔が引きつる。


 勉強は苦手だった。


 文字もゆっくりしか読めない。


 計算も得意じゃない。


「大丈夫でしょうか……」


 本気で不安そうだった。


 エリシアは少しだけ考え込む。


 この数日で分かった。


 シャーロットは決して怠け者ではない。


 むしろ凄く頑張る。


 だが、“教えられてこなかった”。


 それが大きかった。


「分からなければ聞いてください」


「……うん」


 講義室へ入る。


 綺麗な机。


 並ぶ本。


 インクの匂い。


 候補生たちが既に座っていた。


 その視線が一斉に集まる。


「……っ」


 シャーロットの肩が縮こまる。


「席はこちらです」


 エリシアに促され、空いている席へ座る。


 周囲からまた小さな声が聞こえた。


「本当にあの子?」

「地方教会の……」

「見えないけど」


 “聖女候補らしくない”。


 そう言われているのが分かる。


 シャーロットは膝の上でぎゅっと手を握った。


 その時。


「では始めます」


 教師役の神官が入ってくる。


 講義が始まった。


「回復魔法において重要なのは、効率と制御です」


 黒板へ図が描かれる。


「無駄な魔力消費は患者にも術者にも負担となります」


 シャーロットは必死に話を聞く。


 でも難しい。


 知らない言葉ばかりだ。


「……うぅ」


 本を見ても分からない。


 周囲は普通に理解しているように見える。


 焦る。


 置いていかれる。


「では質問です」


 神官が教室を見渡した。


「回復魔法において優先されるべき対象は?」


 すぐに何人もの手が上がる。


「重症患者です」

「高位治癒適性保持者」

「回復可能性の高い者」


 綺麗な答えが並ぶ。


 神官は満足そうに頷いた。


「正解です。限られた魔力と時間の中では、優先順位が必要になります」


 その言葉に。


 シャーロットの胸が少しだけ苦しくなる。


 スラムを思い出した。


 待っていた人たち。


 苦しそうな顔。


 助けきれなかった人。


「……全部、助けちゃだめなの?」


 ぽつり、と漏れてしまった。


 教室が静まり返る。


 神官も目を瞬かせた。


「……今、なんと?」


「あっ」


 シャーロットは慌てる。


「ご、ごめんなさい!」


「いえ、構いません」


 神官は静かに言った。


「ですが、それは理想論です」


 冷静な声だった。


「回復術師にも限界があります」


「……」


「全員を救おうとすれば、結果として誰も救えなくなる」


 正しい言葉だった。


 だからこそ、胸が痛かった。


「……でも」


 シャーロットは小さく俯く。


「目の前で苦しそうなのに」


 放っておけるのだろうか。


 その言葉に、教室の空気が少し変わる。


「感情論ですね」

「非効率です」


 誰かが小さく呟く。


 シャーロットはさらに小さくなった。


 だが。


「……」


 エリシアだけは、黙ってシャーロットを見ていた。


 正しくない。


 非効率。


 それは事実だ。


 でも。


 “目の前で苦しんでいる”。


 その言葉が、妙に胸へ残った。


 講義終了後。


 候補生たちは静かに退出していく。


 シャーロットだけが机へ突っ伏していた。


「……むずかしい」


 本気で疲れている顔だった。


 エリシアは少しだけ困ったように息を吐く。


「シャーロット」


「……なぁに」


「あなたは、ああいう場で急に発言しない方がいいと思います」


「ぅ」


 しょんぼりする。


「ごめんなさい……」


 怒られると思った。


 でも。


「ただ」


 エリシアは少しだけ視線を逸らす。


「……間違っている、とも言い切れません」


「え?」


 シャーロットが顔を上げる。


 エリシアは静かに歩き出した。


 中央教会は正しい。


 効率も必要だ。


 優先順位も必要。


 でも。


 地方から来た少女の言葉は。


 あまりにも真っ直ぐだった。

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