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第2節「綺麗すぎる場所(上)」

中央教会の朝は静かだった。


 地方教会みたいに慌ただしい足音は少ない。


 怒鳴り声もない。


 汚れた水の臭いもしない。


 ただ、鐘の音だけが静かに響いていた。


「……起きなきゃ」


 シャーロットはふわふわのベッドから身体を起こす。


 まだ慣れない。


 柔らかすぎて逆に落ち着かなかった。


「ちゃんと寝れた?」


 昨日レナに聞かれた時も、少し困ってしまったくらいだ。


 スラムでは、寒さや物音で何度も起きるのが普通だった。


 だから静かすぎる夜は、逆に怖かった。


 窓を開ける。


 朝日が差し込んできた。


「……綺麗」


 思わず呟く。


 中央教会の庭は、きちんと整えられていた。


 花壇。


 噴水。


 白い石畳。


 泥もない。


 ゴミもない。


 同じ王都なのに、まるで別世界だった。


 その時。


 こんこん、と扉が鳴る。


「シャーロット、起きていますか?」


「あっ、はい!」


 慌てて返事をする。


 扉を開けると、エリシアが立っていた。


 今日も姿勢が綺麗だ。


 銀髪も整っている。


 見ているだけで“ちゃんとしてる人”だと分かる。


「朝食へ向かいます」


「ち、朝食……!」


 シャーロットの顔が少し強張る。


 昨日も思った。


 中央教会の食事は凄い。


 パンは白いし、スープも具がいっぱい入っている。


 食器まで綺麗だった。


「……緊張しています?」


「うぅ……」


 否定できなかった。


 エリシアは少しだけ困ったように目を細める。


「大丈夫です。食事をするだけですから」


「そ、そうなんだけど……!」


 それが難しい。


 食堂へ向かう。


 長い廊下。


 静かな空気。


 すれ違う候補生たちは皆、綺麗だった。


 背筋も伸びている。


 歩き方まで上品だ。


 シャーロットは自然と背中を丸めてしまう。


「……場違いかも」


 ぽつりと漏れる。


 エリシアは足を止めた。


「どうしてです?」


「だって、みんなすごいもん」


「……」


「私だけ変」


 その言葉に、エリシアは少しだけ考え込む。


 確かにシャーロットは浮いていた。


 歩き方も。


 言葉遣いも。


 貴族教育を受けた候補生たちとは全然違う。


 でも。


「……変、というより」


 エリシアは静かに言った。


「あなたは、ここに慣れていないだけです」


「そうかなぁ」


「ええ」


 そのまま食堂へ入る。


 瞬間。


 シャーロットは固まった。


「……わぁ」


 広かった。


 天井が高い。


 大きな窓。


 長い机。


 綺麗な食器。


 並ぶ料理。


 地方教会よりさらに豪華だった。


 しかも。


 静かだ。


 皆、きちんと座って食べている。


 スラムみたいに取り合いもない。


 怒鳴り声もない。


 それが逆に落ち着かなかった。


「こちらへ」


 エリシアに案内されて席へ座る。


 シャーロットは縮こまりながら椅子へ腰掛けた。


「……食べていいの?」


「もちろんです」


「こんなに?」


「ええ」


 恐る恐るパンを見る。


 白い。


 柔らかそう。


 スープからもいい匂いがする。


「……」


 シャーロットのお腹が小さく鳴った。


 ぴたり、と周囲が静まる。


「……っ」


 顔が真っ赤になる。


「ご、ごめんなさい!」


 思わず謝ってしまう。


 周囲の候補生たちがちらちら見ていた。


 ひそひそ声も聞こえる。


「……あの子?」

「地方から来たって」

「本当に聖女候補?」


 小さな声。


 でもシャーロットには聞こえてしまう。


 肩が小さく縮こまった。


 その時。


「冷めますよ」


 エリシアが静かに言った。


「えっ」


「食事は温かいうちに食べるべきです」


 いつも通りの落ち着いた声。


 周囲を見るでもなく、普通にパンを口へ運んでいる。


 まるで“気にする必要はない”と言っているみたいだった。


「……うん」


 シャーロットは小さく頷く。


 そして恐る恐るパンを齧った。


「……おいしい」


 思わず零れる。


 その瞬間。


 エリシアは少しだけ目を細めた。


 地方から来た、不思議な少女。


 まだ何も分からない。


 けれど。


 この子が中央教会へ、静かな変化を運び始めていることだけは。


 なんとなく感じ始めていた。

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