第1節「銀の刺繍」
中央教会は、あまりにも綺麗だった。
「……わぁ」
馬車の窓から見えた瞬間、シャーロットは小さく声を漏らした。
白い石造りの巨大な建物。
高く伸びる尖塔。
色鮮やかなステンドグラス。
陽の光を受けて輝いている。
まるで別世界だった。
「すごい……」
ぽつりと呟く。
スラムの泥道とは違う。
地方教会の素朴さとも違う。
ここは“王国の中心”だった。
「緊張していますか?」
向かいに座っていたレナが優しく尋ねる。
「……ちょっと」
シャーロットは素直に頷いた。
いや、本当はかなり緊張している。
服も落ち着かない。
今日は地方教会の修道服ではなく、中央から用意された服を着ていた。
白い生地。
銀色の刺繍。
柔らかな布。
今まで触れたこともないくらい綺麗な服だった。
「なんか……私じゃないみたい」
そっと袖を見る。
汚れていない。
破れてもいない。
それが逆に怖かった。
「似合っていますよ」
レナが微笑む。
「ほ、本当に?」
「ええ」
だがシャーロットは落ち着かない。
こんな綺麗な場所へ、自分みたいな子が来ていいのだろうか。
そんな考えばかり浮かぶ。
馬車がゆっくり止まった。
「到着しました」
「……ぅ」
喉が鳴る。
扉が開かれる。
外へ降りると、白い石畳が広がっていた。
眩しい。
磨かれている。
汚れがほとんどない。
シャーロットは思わず足を止めた。
「どうしました?」
「……綺麗すぎる」
思わず本音が漏れる。
レナは少しだけ苦笑した。
その時。
「お待ちしておりました」
静かな声が響く。
視線を向ける。
白い法衣を纏った女性が立っていた。
長い銀髪。
涼しげな青い瞳。
姿勢も完璧だった。
「中央教会所属、エリシア・フォン・グランツです」
丁寧な礼。
動作が綺麗だった。
シャーロットは慌てて頭を下げる。
「し、シャーロットです!」
勢いよく下げすぎて少しふらつく。
「あっ」
慌てるシャーロット。
エリシアは一瞬だけ目を丸くした。
それから小さく微笑む。
「……緊張しているのですね」
「うぅ……」
図星だった。
エリシアはそんなシャーロットを静かに見つめる。
これが“例の少女”。
地方教会から報告が来ていた特殊聖属性保持者。
もっと厳かな存在を想像していた。
だが実際は。
痩せていて。
どこか小動物みたいで。
今にも逃げ出しそうな少女だった。
「長旅でお疲れでしょう。まずは部屋へご案内します」
「へ、部屋……」
また不安そうになる。
エリシアは先導するように歩き出した。
中央教会内部。
白い廊下。
赤い絨毯。
大きな窓。
静かな空気。
すれ違う人々は皆、綺麗な服を着ていた。
背筋も伸びている。
シャーロットはどんどん小さくなっていく。
「……すごい」
ぽつりと漏れる。
「初めてですか?」
「こんな場所、来たことないよ……」
本音だった。
エリシアは横目でシャーロットを見る。
怯えている。
けれど同時に、周囲をちゃんと見ていた。
壁。
人。
空気。
観察するように視線が動いている。
「こちらです」
案内された部屋は、小さいながらも綺麗だった。
机。
本棚。
白いベッド。
窓まである。
「……えっ」
シャーロットは固まった。
「ここ、私の?」
「はい」
「……広い」
スラムの小屋より何倍も広い。
しかも一人部屋だ。
シャーロットは落ち着かなくなった。
「な、なんか間違ってない?」
「間違っていません」
「でも私、役立たずだよ?」
ぽろっと出た言葉だった。
エリシアの動きが止まる。
「……誰がそんなことを?」
「え?」
「役立たずなどと」
静かな声だった。
シャーロットは少し困ったように笑う。
「よく言われてたから」
生活魔法しか使えない。
食べ物も生み出せない。
強くもない。
だから役立たず。
スラムでは普通だった。
だがエリシアは、しばらく黙り込む。
それから。
「少なくとも、地方教会はそう判断しなかったのでしょう」
静かに言った。
「だから、あなたはここにいます」
「……」
シャーロットは少しだけ目を丸くした。
そんな風に言われたのは、初めてだった。
窓の外では鐘が鳴っている。
中央教会。
正しく、美しく、整えられた場所。
その中心へ。
一人の少女が足を踏み入れた。




