第6節「中央への報告」
夜の地方教会は静かだった。
昼間の診療室の慌ただしさが嘘みたいに、今は虫の声だけが聞こえている。
そんな中。
教会の一室には、重たい空気が流れていた。
「……中央は、なんと?」
シスター・レナが静かに尋ねる。
向かいに座る老司祭は、深く息を吐いた。
「詳細な報告を求めている」
「やはり、ですか」
机の上には数枚の書類。
そこにはシャーロットについて書かれていた。
年齢。
出身。
症状。
そして――。
『患者の精神安定傾向あり』
『通常回復術との明確な差異を確認』
『聖属性反応あり』
「……異質すぎる」
老司祭が眉を寄せる。
普通の回復魔法ではない。
高位治癒術とも違う。
傷を塞ぐ力ではなく、苦痛そのものへ寄り添うような力。
しかも。
「本人が無自覚なのが厄介ですね」
レナが小さく呟く。
シャーロットは、自分を特別だと思っていない。
本気で“少し楽にしてるだけ”だと思っている。
「中央は“聖女候補として保護対象の可能性あり”と」
「……聖女候補」
その言葉に、部屋の空気がさらに重くなる。
聖女。
それは王国において特別な意味を持つ存在だった。
教会の象徴。
民の希望。
奇跡を扱う者。
だが同時に。
「……あの子には、荷が重すぎる」
レナは静かに目を伏せた。
シャーロットは優しい。
優しすぎる。
だから危うい。
一方その頃。
「わぁ……」
シャーロットは厨房で目を輝かせていた。
「今日のパン、ちょっと白い!」
「そんなに珍しいですか?」
修道女が苦笑する。
「だってスラムだと黒パンばっかりだったし……!」
嬉しそうだった。
中央教会。
聖女候補。
そんな大きな話とは無縁みたいに。
その時。
「シャーロット」
レナが部屋へ入ってくる。
「あ、レナさん!」
ぱっと笑う。
その笑顔を見て、レナは一瞬だけ言葉を迷った。
「……少し、お話があります」
「?」
食堂の空気が少し静まる。
シャーロットは首を傾げながら椅子へ座った。
レナも向かいへ座る。
「中央教会から連絡が来ました」
「中央……?」
シャーロットはぴんと来ていない顔をした。
「王都中央教会です」
「……えっ」
さすがに驚く。
スラム育ちの少女にとって、中央教会は遠い世界だ。
貴族や偉い人たちがいる場所。
自分とは関係ないと思っていた。
「どうして……?」
「あなたの力について、正式に確認したいそうです」
「力……」
シャーロットは自分の手を見る。
淡い光。
少し楽になる力。
それだけだと思っている。
「わ、私、すごい人じゃないよ?」
不安そうに呟く。
「生活魔法しか使えないし……」
「シャーロット」
レナは静かに言った。
「あなたの力は、人を安心させています」
「……?」
「それは簡単なことではありません」
シャーロットは困ったように眉を下げる。
やっぱり実感がなかった。
「……怒られたりしない?」
ぽつりと聞いてくる。
その質問に、レナは少しだけ目を細めた。
「怖いですか?」
「……ちょっと」
本音だった。
スラムでは、“特別”は良い意味じゃないことが多い。
浮けば叩かれる。
利用される。
だからシャーロットは、自分を小さくして生きてきた。
レナは静かに立ち上がる。
そして。
そっとシャーロットの頭へ手を置いた。
「大丈夫です」
優しい声だった。
「少なくとも、あなたを一人にはしません」
「……うん」
シャーロットは小さく頷く。
それでも不安は消えない。
中央教会。
聖女候補。
自分には似合わない言葉ばかりだった。
でも。
もし自分の力で、もっと誰かが楽になるなら。
その気持ちだけは、変わらなかった。
窓の外には夜空が広がっている。
そして少女はまだ知らない。
この小さな光が。
やがて王国そのものを変えていくことを。




