第5節「怖くない治療(下)」
「下がってください!」
診療室へ運び込まれた男は、ひどい状態だった。
呼吸が荒い。
顔色も悪い。
全身に汗をかき、苦しそうに呻いている。
「熱が高すぎる……」
修道女の一人が青ざめた声を漏らす。
レナはすぐに男の額へ触れた。
「かなり進行していますね……」
地方では珍しくない。
放置された病気。
金がなく、治療が遅れ、悪化する。
スラムではもっと多い。
シャーロットはその光景を、ぎゅっと胸を押さえながら見ていた。
「……苦しそう」
ぽつりと漏れる。
その言葉に、レナがちらりと視線を向けた。
「シャーロット」
「……うん」
「今は見ていてください」
静かな声だった。
シャーロットは小さく頷く。
レナが回復魔法を発動する。
淡い白光。
傷ならこれで塞がる。
だが病は違う。
「……っ」
男が苦しそうに顔を歪めた。
回復魔法特有の負荷だ。
無理やり身体を修復される感覚。
熱を持つ身体には負担も大きい。
「ぁ……ぅ」
男の呼吸がさらに乱れる。
修道女たちが慌てた。
「シスター・レナ!」
「分かっています」
レナは眉を寄せる。
治療自体は間違っていない。
でも。
男は苦痛に耐えきれていなかった。
その時だった。
「……大丈夫」
小さな声。
気づけばシャーロットが、男のそばへ来ていた。
「シャーロット!?」
止める前に、少女は男の手を握る。
じんわりと光が漏れた。
暖かい光。
柔らかい光。
「少しだけ、楽になりますように」
その瞬間。
「……ぁ」
男の呼吸が少し落ち着いた。
苦しそうだった表情も、ほんの少し和らぐ。
室内が静まり返る。
レナは目を見開いた。
負荷を打ち消している。
いや。
“苦痛を和らげている”。
回復魔法そのものを強化しているわけじゃない。
もっと別の方向。
「……すごい」
若い修道女が思わず呟く。
男は苦しそうなままではある。
だが、先ほどより明らかに落ち着いていた。
「……だいじょうぶ」
シャーロットは優しく声を掛ける。
その声に反応するように、男の呼吸が少しずつ整っていく。
やがて。
男は眠るように静かになった。
「寝た……?」
「ええ」
レナが静かに頷く。
熱はまだある。
病も治ってはいない。
でも今、この瞬間だけは苦しみから解放されていた。
その事実に、修道女たちは言葉を失う。
「……普通の回復魔法じゃない」
誰かが小さく呟く。
シャーロットはきょとんとした。
「そうなの?」
「あなた、本当に分かってないんですね……」
若い修道女が苦笑する。
シャーロットは困ったように眉を下げた。
「でも、少し楽そう」
それだけだった。
それだけで安心している。
レナはその横顔を静かに見つめた。
この子は、傷を治しているわけじゃない。
苦しみへ寄り添っている。
だから皆、怖がらない。
だから皆、安心する。
「……聖女候補」
ぽつり、とレナが呟く。
「え?」
シャーロットが振り向く。
レナは少しだけ考え込むように目を伏せた。
中央教会。
そこで管理される、特別な存在。
聖属性保持者。
高位治癒術師。
だが。
目の前の少女は、それとも違う気がした。
「……いえ」
レナは小さく首を振る。
まだ早い。
確証もない。
けれど。
このまま地方へ置いていい存在ではない。
それだけは分かっていた。
その時。
「シスター・レナ!」
別の修道女が慌てて駆け込んでくる。
「中央から連絡が……!」
空気が変わる。
レナが静かに振り返った。
「……来ましたか」
その視線の先で。
シャーロットは何も分からないまま、不安そうに首を傾げていた。




