第3節「慎重な外交官達 中」
会議室の空気は依然として重かった。
だが、レオンが入ってきた事で、少しだけ方向が定まった感覚がある。
「確認しておく」
レオンが静かに口を開く。
「今回の目的は利益ではない」
全員が耳を傾ける。
「まず必要なのは接触だ」
交易でも。
技術獲得でもない。
まずは“敵ではない”と理解してもらう事。
そこから始めるしかない。
「無理に踏み込む必要はない」
レオンの声は落ち着いていた。
「拒絶された場合は引く」
その言葉に、若い外交官が少し驚いた顔をする。
「宜しいのですか?」
「強引に押せば終わる」
即答だった。
「相手は人間の論理で動く相手ではない」
長命種。
自然主義。
独自文化。
時間感覚すら違う。
短期的成果を求めれば失敗する。
「焦る必要はない」
静かな言葉だった。
それは、会議室に居る者達の緊張を少しだけ和らげる。
「……殿下は、随分落ち着いておられますな」
年配の外交官が苦笑する。
レオンは小さく息を吐いた。
「不安ならある」
その言葉に、皆少し意外そうな顔をした。
「だが」
レオンは窓の外を見る。
夕陽が王都を照らしていた。
「未来で救える命が増える可能性がある」
静かな声だった。
「なら、やる価値はある」
会議室が静まる。
そこには、野心は無かった。
名誉欲も。
あるのはただ、“必要だからやる”という意志だけ。
だからこそ、言葉に重みがあった。
「……薬草技術、ですか」
薬師担当の男がぽつりと呟く。
「それだけじゃない」
レオンは資料を軽く叩く。
「自然療法」
「栽培技術」
「保存法」
「地方医療は今後さらに広がる」
聖療院が出来て終わりではない。
むしろここからだ。
地方支部が増えれば、人材も薬草も足りなくなる。
だから今のうちに、未来を見据える必要があった。
「王妃殿下の理想を支えるため、ですか」
誰かが小さく言った。
レオンは少しだけ沈黙する。
そして。
「……結果的にはそうなる」
否定しなかった。
あの少女は、目の前の人間へ手を伸ばす。
なら、自分はその手が届く範囲を広げる。
それだけの違いだ。
「……なるほど」
年配の外交官が静かに頷いた。
室内の空気が、少しだけ変わる。
恐怖だけではなくなっていた。
「最終出発は三日後です」
側近が確認する。
「物資調整も間に合います」
「よし」
レオンが短く頷いた。
その時。
一人の若い文官が、不安そうに小さく呟く。
「……本当に、会ってくれますかね」
静かな声だった。
誰も笑わない。
それが、この外交の難しさを表していた。
レオンは少しだけ考えた後、静かに答える。
「分からない」
正直な言葉だった。
「だが、誠意は尽くす」
それしか出来ない。
だからこそ、丁寧に進める。
その姿勢だけは、絶対に崩さなかった。




