第3節「慎重な外交官達 上」
王城内、北棟会議室。
普段は貴族会議などにも使われるその部屋には、重い空気が漂っていた。
「……確認します」
一人の文官が資料をめくる。
「今回の目的は交易ではなく、交流の足掛かりを作る事」
「無理な交渉は行わない」
「威圧行為は禁止」
机を囲む者達が静かに頷いた。
全員、表情が硬い。
それも無理はない。
相手はエルフ。
王国でも接触例が極端に少ない存在だ。
「護衛人数は最小限で確定ですか?」
「増やせば警戒される可能性があります」
「ですが減らし過ぎるのも……」
意見が飛び交う。
だが、そのどれも慎重だった。
強気な声は無い。
それだけ相手を警戒している。
「武装については?」
「剣は最低限」
「重装備は禁止」
「金属鎧は極力減らします」
その言葉に、数名が小さく息を吐く。
資料には既に記載されていた。
エルフは金属を嫌う。
場合によっては体調不良を起こすほどに。
「本当にそこまでなのか……?」
若い文官が不安そうに呟く。
「記録上は事実です」
年配の学者が静かに答える。
「過去の接触記録にも似た症状が残っています」
「頭痛、吐き気、感覚異常……」
「かなり繊細な種族かと」
会議室の空気がさらに重くなる。
完全に未知の相手だった。
「手土産については?」
「薬草、織物、保存食を中心に」
「宝石類は?」
「避けた方がいいでしょう」
「豪華すぎる贈答は逆効果かと」
誰も正解が分からない。
だから全員、慎重になる。
少し間違えれば、それだけで交渉が終わる可能性もある。
「……胃が痛いな」
武官の一人が本音を漏らした。
その瞬間。
数人が小さく頷く。
皆、同じ気持ちだった。
「そもそも本当に会ってくれるんですかね……」
「分からん」
「最悪、森へ入る前に追い返される可能性もある」
「ありえるな……」
不安ばかりが増えていく。
そんな空気の中。
会議室の扉が静かに開いた。
「レオン殿下」
一斉に空気が引き締まる。
レオンは普段通りの表情で室内へ入ってきた。
焦りも無い。
苛立ちも無い。
ただ静かに状況を見ていた。
「進捗は」
「現在、最終確認中です」
文官がすぐに答える。
レオンは机上の資料へ軽く目を通した。
護衛。
物資。
贈答品。
接触記録。
どれも細かく整理されている。
「……悪くない」
短い評価だった。
だが、それだけで室内の緊張が少しだけ緩む。
「ですが殿下」
年配の外交官が静かに言う。
「成功率は高くありません」
「分かっている」
レオンは即答した。
迷いは無い。
「だからこそ、慎重に進める」
その声は静かだった。
けれど、よく通った。




