第1節「レオンの計画 中」
「しかし……」
側近の男が少し言葉を選ぶ。
「教会側は良い顔をしないかと」
「だろうな」
レオンは淡々と返した。
驚きも無い。
最初から分かっていた事だ。
エルフ。
森の民。
独自文化。
独自医療。
王国の教会から見れば、管理外の存在に近い。
「特に薬草技術共有などは反発が出る可能性があります」
「承知している」
レオンは書類を閉じる。
机上には、過去の外交記録が並んでいた。
そのほとんどが途中で終わっている。
接触拒否。
交渉打ち切り。
長期停滞。
成功と言えるものは少ない。
「人間側にも問題はありましたからな……」
側近が小さく呟く。
過去、森へ無断侵入した者。
薬草乱獲。
木材伐採。
そうした積み重ねが、今の距離感を作っている。
「信用は簡単には得られない」
レオンも静かに言った。
だが。
「それでも必要だ」
その答えは変わらない。
側近は少しだけ苦笑する。
「相変わらずですね」
「何がだ」
「必要だと思った事は止めない」
レオンは特に否定しなかった。
窓の外へ視線を向ける。
王都の人々。
街の灯り。
平和そうに見える日常。
だが、その裏では今も地方で苦しんでいる者が居る。
医療不足。
薬草不足。
知識不足。
それらを少しでも減らしたい。
ただ、それだけだった。
「正式な使節団を出す」
レオンが静かに言う。
「規模は最小限」
「警戒を避けるためですか」
「あぁ」
大規模な護衛や武力は逆効果だ。
必要なのは威圧ではなく、誠意。
「目的は交流だ」
「交易ではなく?」
「最初から利益を求めれば失敗する」
まずは接触。
対話。
互いを知る事。
そこから始めるしかない。
「……随分慎重ですね」
「相手が相手だ」
レオンは机上の資料を見つめる。
長命種。
自然主義。
閉鎖的。
価値観そのものが違う。
王国側の常識で押せば失敗する。
だからこそ慎重に進める必要があった。
「出発準備を進めろ」
「はっ」
側近が頭を下げる。
そのまま部屋を出て行こうとした時。
「あと」
レオンが小さく呼び止めた。
「シャーロット達の巡回状況は」
「現在、北部方面を移動中との事です」
「……そうか」
短い返答。
だが、その視線は少しだけ柔らかかった。
「何か問題でも?」
「いや」
レオンは小さく息を吐く。
「問題を起こしていなければいい」
「……難しいかと」
「だろうな」
否定出来なかった。
あの少女は、放っておけばどこへでも行く。
そして、どこでも誰かに関わる。
それは長所でもあり、不安要素でもあった。
側近が苦笑する。
「まぁですが」
「何だ」
「不思議と悪い方向には転びませんね」
レオンは少しだけ沈黙した。
そして小さく窓の外を見る。
「……それが一番厄介だ」
本当にそう思っている顔だった。




