第7節「森の噂 中」
休憩所を出た後も、三人は北へ向かって歩き続けていた。
森はさらに深くなっていく。
街道そのものは整備されている。
けれど、木々が増えたせいか空は少し狭く感じた。
「なんか空気違うね」
シャーロットが小さく呟く。
湿った土の匂い。
草木の香り。
風の冷たさ。
全部が少しずつ変わってきている。
「静か」
ルナが周囲を見回す。
鳥の声も減っていた。
代わりに聞こえるのは、風が葉を揺らす音だけ。
「んー……」
フレアがきょろきょろ辺りを見る。
「なんか森に見られてる感じする」
「えっ?」
「気のせいかもだけど」
珍しく少し真面目な声だった。
シャーロットも周囲を見る。
木々。
影。
揺れる枝。
何か居る訳ではない。
でも、不思議と“見られている”ような感覚はあった。
「……嫌な感じはしない」
ルナが静かに言う。
「うん」
シャーロットも頷く。
怖い訳じゃない。
むしろ。
静かに観察されているような、不思議な感覚だった。
しばらく歩くと、街道脇に小さな石碑が見えてくる。
苔むした古い石。
文字らしきものも刻まれていた。
「あれ何だろ」
シャーロットが近づこうとした瞬間。
「触らない方がいい」
ルナが静かに止めた。
「えっ」
「境界っぽい」
その言葉に、フレアも石碑を見る。
「境界?」
「多分」
ルナはしゃがみ込み、石碑をじっと見つめた。
「古い魔力の痕跡ある」
シャーロットもそっと石碑を見る。
普通の人にはただの石に見える。
でも。
近づくと、ほんの少しだけ空気が違った。
「……なんか静か」
「結界?」
フレアが小声で言う。
「そこまで強くない」
ルナが立ち上がる。
「多分、知らせるためのもの」
「知らせる?」
「ここから先は違う場所って」
風が吹く。
森がざわりと揺れる。
その音だけで、妙な説得力があった。
「エルフの?」
シャーロットが小さく聞く。
ルナは少しだけ沈黙した。
「……かも」
否定はしなかった。
三人はしばらく石碑を見つめる。
古くて。
静かで。
まるでずっと昔からそこにあるみたいだった。
「なんか不思議だねぇ」
シャーロットがぽつりと呟く。
「怖い?」
フレアが聞く。
「んー……」
少し考える。
怖い訳じゃない。
でも。
“違う場所へ近づいている”。
そんな感覚は確かにあった。
「……ちょっと緊張するかも」
その言葉に、ルナが小さく目を細める。
「普通」
「えへへ」
少しだけ安心した。
その時だった。
ざわっ。
森の奥で何かが揺れた。
三人が同時にそちらを見る。
けれど。
そこにはもう何も居ない。
ただ風が吹き抜けていくだけだった。
「……今の」
フレアが小さく呟く。
ルナは少しだけ周囲を見回した後、静かに言った。
「見られてる」
その声は、不思議と落ち着いていた。




