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第6節「温泉宿 上」

 その日の夕方。


 三人は山間近くの小さな集落へ辿り着いていた。


 周囲を低い山に囲まれた静かな場所だ。


 空気が少し湿っていて、どこか温かい。


「なんか変な匂いする」


 フレアが鼻をひくつかせる。


「硫黄かな?」


 シャーロットが辺りを見回す。


 すると、街道脇に立っていた木看板が目に入った。


『湯宿 山風亭』


「あっ」


「温泉だ」


 ルナがぽつりと言った。


「温泉!?」


 フレアが一気に元気になる。


「入る!!」


「まだ何も決まってないよ!?」


 でも、歩き続けた身体は少し疲れていた。


 足も重い。


 肩も張っている。


「……入りたいかも」


 シャーロットが小さく呟く。


「決まり!」


 フレアが勝手に決定した。


 宿へ近づくと、木造の建物から湯気が立ち上っている。


 地方らしい素朴な宿だった。


「いらっしゃいませ」


 受付の女性が穏やかに頭を下げる。


「三名ですね?」


「はい!」


「温泉もご利用ですか?」


「もちろん!」


 フレアだけ返事が異様に早い。


 案内された部屋へ荷物を置くと、シャーロットはそのまま畳へ倒れ込んだ。


「ふぁぁ……」


「疲れた?」


 ルナが静かに聞く。


「ちょっとだけ」


 歩くのは嫌いじゃない。


 でも慣れない道が続けば、やっぱり疲れる。


「温泉楽しみー!」


 フレアは既に完全復活していた。


「ほんと元気だねぇ」


「温泉は別!」


「それ前も聞いた」


 ルナが小さくため息を吐く。


 少し休憩した後、三人は浴場へ向かった。


 脱衣所には木の香りが漂っている。


「わぁ……」


 湯気の向こうに、大きな岩風呂が見えた。


 外には露天風呂もあるらしい。


「広い!」


 フレアが嬉しそうに駆けていく。


「滑るよ!?」


 言った瞬間。


「わっ」


 案の定だった。


 つるっと滑りかける。


「危ない」


 ルナが即座に腕を掴んで止めた。


「助かった……」


「学習して」


「温泉テンションだったから!」


 意味不明だった。


 シャーロットは笑いながら湯へ足を入れる。


「あったか……」


 じんわり身体へ熱が広がる。


 歩き疲れた足が少しずつ軽くなっていく感じがした。


「気持ちいいねぇ」


「……うん」


 ルナも静かに湯へ浸かる。


 黒髪が湯気に溶け込むようだった。


「生き返るー!」


 フレアだけ異様に騒がしい。


 周囲の客が少し笑っている。


 シャーロットは肩まで湯へ浸かりながら、小さく息を吐いた。


 静かだ。


 温かい。


 何も考えなくていい時間。


 王都では、こういう時間を取る余裕もあまり無かった。


「……なんか不思議」


「何が?」


 フレアが首を傾げる。


「旅してるんだなぁって」


「今さら!?」


 でも。


 温泉へ浸かりながら、他愛ない話をして。


 知らない宿で夜を過ごして。


 そういう“普通の旅”みたいな時間が、シャーロットには少し新鮮だった。

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