第5節「普通の女の子 下」
町を離れてしばらく歩くと、周囲の景色はまた少しずつ変わり始めていた。
畑が減り、代わりに草原が広がっていく。
遠くには森。
街道沿いには小さな花が揺れていた。
「んー……」
フレアが空を見上げながら歩く。
「眠くなってきた」
「さっきまで元気だった」
ルナが静かに返す。
「お腹いっぱいだから!」
「子供」
「違う!」
いつものやり取りだった。
シャーロットはそんな二人を見ながら、小さく笑う。
王都では、こんな風にゆっくり話しながら歩く時間は少なかった。
移動にも目的があった。
時間にも追われていた。
でも今は違う。
急ぐ必要がない。
それだけで、景色の見え方まで変わる気がした。
「わっ」
不意にフレアが道端へ駆け寄る。
「見てこれ!」
そこには小さな野花が咲いていた。
赤と黄色が混ざったような花びら。
風に揺れている。
「きれい」
シャーロットも隣へしゃがみ込む。
「王都じゃあんまり見ないね」
「食べれるかな」
「なんでそうなるの!?」
フレアの発想はいつも食べ物へ向かう。
ルナが小さくため息を吐いた。
「多分苦い」
「じゃあいらない」
即答だった。
三人で少し笑う。
風が草原を揺らしていく。
空は青く、雲はゆっくり流れていた。
静かな時間。
それをぼんやり感じながら歩いていると――
「……あ」
シャーロットが足を止める。
街道脇。
荷物を積んだ小さな荷車が傾いていた。
近くでは老人が困ったように車輪を見ている。
「どうしたんだろ」
「車輪外れかけてる」
ルナが静かに言った。
近づいてみると、荷車の木製車輪が片側だけ歪んでいる。
「あぁ……困ったなぁ」
老人が頭を抱えていた。
「大丈夫ですか?」
シャーロットが声を掛ける。
老人は少し驚いたように顔を上げた。
「おぉ、旅のお嬢さん達か」
「車輪壊れちゃったんですか?」
「街道の石に引っ掛けてしまってなぁ……」
見れば、荷物もかなり積んである。
一人で直すのは大変そうだった。
「手伝う!」
シャーロットがすぐにしゃがみ込む。
「えっ、でも悪いよ」
「大丈夫!」
フレアも荷車を覗き込んだ。
「これ持ち上げればいい?」
「多分」
ルナが短く答える。
次の瞬間。
ぐいっ。
フレアが軽々荷車を持ち上げた。
「えっ」
老人が固まる。
「これでいい?」
「……すごい力だな嬢ちゃん」
「えへへ!」
全く隠す気がなかった。
ルナが静かに車輪を確認する。
「木杭ずれてるだけ」
「直せそう?」
「多分」
シャーロットも一緒に作業を手伝う。
木杭を戻し、歪みを調整し、車輪を固定する。
しばらくすると――
「……動いた!」
老人が驚いたように荷車を押す。
車輪は問題なく回っていた。
「ありがとう、本当に助かったよ」
「えへへ」
シャーロットが嬉しそうに笑う。
「困った時はお互い様!」
その言葉を聞いて、老人は少しだけ目を細めた。
「最近の若い子じゃ珍しいなぁ」
「そうかな?」
「普通は通り過ぎる」
静かな言葉だった。
シャーロットは少しだけ困ったように笑う。
特別な事をしたつもりはない。
困っていたから、手を伸ばした。
ただそれだけだった。
「これ、持っていきな」
老人が荷物から果実をいくつか取り出す。
「えっ、いいの?」
「お礼だよ」
「やったー!」
フレアが一番喜んでいた。
そんな光景を見ながら、老人は小さく笑う。
「賑やかな旅だなぁ」
その言葉に、シャーロットは少しだけ空を見上げた。
旅はまだ始まったばかり。
でも。
こういう時間も悪くないと、ちゃんと思えていた。




