第5節「普通の女の子 上」
翌朝。
宿の食堂には、焼きたてのパンの香りが広がっていた。
「いい匂いー……」
まだ少し眠そうなフレアが、ふらふらと席へ着く。
「完全に匂いで起きた」
ルナが静かに呟いた。
「違うもん!」
「じゃあ何で起きた」
「お腹!」
「同じ」
朝から騒がしい。
シャーロットは思わず笑いながら席へ座った。
「えへへ」
窓の外では、朝日が町を照らし始めている。
旅人達も少しずつ動き出していた。
「昨日はよく眠れましたか?」
女将が朝食を運びながら聞いてくる。
「はい! すごくぐっすりでした!」
「それなら良かった」
並べられたのは、温かいスープと焼きたてのパン。
それに小さな果実のジャム。
豪華ではない。
でも、旅先の朝には十分すぎるくらいだった。
「いただきます!」
フレアが勢いよくパンへ齧りつく。
「おいしい!」
「朝から元気」
「復活した!」
昨日の疲れはもう消えたらしい。
シャーロットもスープを一口飲む。
身体がじんわり温まる。
「……なんか落ち着くね」
「地方の宿って感じ」
ルナも静かにパンを口へ運んでいた。
こうして三人で食事をしていると、聖女とか王都とか、そういうものが少し遠く感じる。
ただ旅をしているだけ。
それだけの時間。
不思議と、それが少し新鮮だった。
「今日はどうするの?」
フレアがパンを頬張りながら聞く。
「んー……次の村まで歩こうかな?」
「また歩くの!?」
「視察だもん」
「うぅー……」
口では文句を言うが、嫌そうではない。
結局フレアも旅を楽しんでいる。
「途中で休憩いっぱい入れようね」
「やった!」
単純だった。
食堂の隅では、他の旅人達も朝食を取っている。
商人らしき人。
護衛。
家族連れ。
皆それぞれの旅をしている。
その景色を眺めながら、シャーロットはふと小さく笑った。
「どうしたの?」
フレアが首を傾げる。
「なんかね」
シャーロットは少し考えてから言った。
「普通だなぁって」
「普通?」
「うん」
朝ごはんを食べて。
旅の予定を話して。
知らない町を歩いて。
それだけの事。
でも。
昔の自分には、こういう時間はほとんど無かった。
生きる事で精一杯だったから。
助ける事で必死だったから。
「……楽しい?」
ルナが静かに聞く。
シャーロットはすぐに頷いた。
「うん」
本当に。
ちゃんと楽しかった。
その答えを聞いて、ルナは少しだけ目を細める。
たぶん。
それを聞けただけで十分だった。




