第3節「旅の夜 下」
食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。
宿の外からは、虫の鳴き声が静かに聞こえてくる。
「ふぅー……食べたぁ」
フレアが満足そうに椅子へもたれかかった。
「食べ過ぎ」
ルナが静かに言う。
「旅だから!」
「便利な言葉」
シャーロットは苦笑しながら湯呑みを傾けた。
食後に出された薬草茶は、さっきより少し香りが濃い。
でも不思議と嫌ではなかった。
「……落ち着くね」
「でしょ?」
女将が嬉しそうに笑う。
「昔からこの辺じゃ飲まれてるんですよ」
「王都のとは少し違いますね」
「土地で味変わりますからねぇ」
地方ごとに薬草文化も違う。
それが少し面白かった。
王都では効率重視の薬が多い。
でも地方では、“普段から身体を整える”という感覚が強い気がする。
そんな事を考えていると、宿の入口近くで扉が開いた。
冷たい夜風が入り込む。
「おー寒っ」
入ってきたのは旅人らしい男達だった。
荷物には泥が付き、長旅だったのが分かる。
「まだ部屋空いてるか?」
「はいはい、ありますよ」
女将が慣れた様子で対応する。
その横で、男達の会話が少し聞こえてきた。
「北側の道、暗くなると冷えるなぁ」
「森近いからだろ」
「夜の森は静かすぎて逆に怖ぇ」
森。
またその言葉だった。
シャーロットが何となく耳を傾ける。
「最近、森側の連中見たか?」
「いや全然。薬草売りも減ったな」
「相変わらず閉鎖的だよなぁ」
そこまで聞いたところで、フレアが横から顔を覗き込んできた。
「また森気にしてる」
「えっ」
「気になるの?」
「んー……ちょっとだけ」
正直に答える。
市場で見た薬草茶。
森の匂い。
滅多に姿を見せない人達。
なんとなく、不思議な感じがしていた。
「行く?」
フレアが軽い調子で言う。
「えっ」
「面白そうじゃん!」
「お前はすぐそう言う」
ルナがため息を吐いた。
「まだ行くって決まった訳じゃないよ?」
シャーロットは苦笑する。
でも。
少しだけ。
本当に少しだけ。
気になっているのは事実だった。
「まぁでも、今日は寝る!」
フレアが勢いよく立ち上がる。
「歩き疲れた!」
「食べ疲れたの間違い」
「違う!」
騒がしい。
周囲の旅人達が小さく笑っていた。
その空気が少し心地良い。
知らない土地なのに、どこか安心する。
宿へ戻る途中、シャーロットは窓の外を見た。
地方の夜は暗い。
王都みたいに沢山の灯りはない。
でもその分、空がよく見えた。
「……きれい」
小さく呟く。
夜空には星が広がっていた。
静かで。
広くて。
少しだけ、王都より近く感じる空だった。
「シャーロット」
ルナが後ろから呼ぶ。
「風邪引く」
「あっ、ごめん」
窓から離れる。
部屋へ戻ると、フレアは既に寝台へ倒れ込んでいた。
「もう眠い……」
「早い」
「旅は疲れるんだってば……」
さっきまで元気だったのに。
シャーロットはくすっと笑いながら、自分も荷物を下ろした。
こうして旅先で夜を迎えるのは久しぶりだった。
慌ただしくない夜。
誰かに追われない時間。
それが少しだけ、不思議だった。
窓の外では、静かな夜風が木々を揺らしている。
その音を聞きながら、シャーロットはゆっくり目を閉じた。
まだ旅は始まったばかりだった。




