第3節「旅の夜 上」
旅籠『木漏れ日亭』は、地方らしい素朴な宿だった。
木造二階建て。
入口近くには小さな花壇があり、暖色の灯りが窓から漏れている。
「いらっしゃいませー」
中へ入ると、宿の女将が笑顔で迎えてくれた。
「三名ですね?」
「はい!」
シャーロットが頷く。
「一部屋で大丈夫?」
「うん!」
「……問題ない」
ルナも静かに頷いた。
フレアは既に食堂の匂いへ意識を持っていかれている。
「なんかいい匂いする!」
「夕食の時間ですからねぇ」
女将がくすりと笑った。
木の床を歩きながら、シャーロットは宿の中を見回す。
王都の宿ほど綺麗ではない。
でも、ちゃんと手入れされている温かさがあった。
壁には乾燥花。
小さな木彫り。
地方らしい素朴な空気。
「落ち着くねぇ」
「……静か」
ルナも少しだけ肩の力を抜いていた。
人が多い市場より、こういう場所の方が好きらしい。
「お部屋はこちらです」
案内された部屋は、三人で使うには十分な広さだった。
簡素だが清潔で、窓からは夕焼けが見えている。
「わぁー!」
フレアが真っ先に飛び込む。
「ふかふか!」
そのまま寝台へ倒れ込んだ。
「靴脱いで」
ルナが即座に注意する。
「あっ」
怒られた子供みたいにフレアが止まった。
シャーロットは思わず吹き出す。
「えへへ」
「笑ってないで止めて」
「ごめんごめん」
旅に出てから、二人とも少しだけ空気が柔らかい。
王都に居る時より、肩の力が抜けている気がした。
「ご飯まだかなぁ」
フレアが寝転がったまま呟く。
「さっき串焼き食べたばっかり」
「別腹!」
「便利」
ルナが呆れたように返した。
その時だった。
とん、と扉が軽く叩かれる。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
女将が湯気の立つ湯呑みを持って入ってくる。
「ありがとうございます!」
シャーロットが受け取る。
ふわりと優しい香りが広がった。
「地方の薬草茶ですよ」
「薬草茶?」
「疲れが取れるんです」
淡い緑色のお茶だった。
シャーロットが一口飲む。
「……おいしい」
少し草っぽい。
でも苦すぎない。
身体の奥がじんわり温かくなる感じがした。
「ほんと?」
フレアも興味津々で飲む。
そして。
「……にがっ」
「さっきおいしいって言ったよ?」
「シャーロット味覚おかしくない!?」
「そこまで苦くないよ?」
「苦い!」
騒がしい。
女将が楽しそうに笑った。
「慣れると癖になりますよ」
「絶対ならない!」
フレアが断言する。
その横で、ルナが静かに湯呑みを傾けていた。
「……悪くない」
「えっ」
「ルナ!?」
フレアが衝撃を受けている。
ルナは気にせずもう一口飲んだ。
「落ち着く」
「裏切った!」
「最初から仲間じゃない」
シャーロットはそんなやり取りを見ながら、小さく笑った。
旅に出てまだ数日。
でも王都とは違う空気が、少しずつ身体へ馴染み始めている。
急がない時間。
知らない土地。
知らない味。
そういうものが、なんだか少し心地良かった。




