第7節「旅支度」
翌朝。
聖療院の裏庭には、小さな荷物がいくつも並べられていた。
「えへへ、旅だー!」
シャーロットが嬉しそうに声を上げる。
その横では、フレアが荷物を漁っていた。
「お菓子持った!?」
「持ったよ?」
「干し肉は!?」
「それは旅支度じゃなくて食料確認ですね」
呆れたようにエリシアが言う。
フレアは赤い髪を揺らしながら、むっと頬を膨らませた。
「大事だよ!? 旅ってお腹空くんだよ!?」
「あなたの場合、いつでも空いてるでしょう」
「えへへ……」
シャーロットが苦笑する。
そんな二人を少し離れた場所から、ルナが静かに眺めていた。
黒髪の少女は相変わらず表情が薄い。
けれど、どこか空気は穏やかだった。
「ルナー!」
フレアが大きく手を振る。
「旅だよ旅!」
「……知ってる」
「テンション低っ!」
いつものやり取り。
その様子を見ていた新人達が、小さく笑っていた。
最初は恐れていた人も多い。
黒龍。
赤龍。
そんな存在が普通に聖療院へ出入りしているのだから当然だ。
でも今では、もう見慣れてしまっている。
「シャーロット先生、本当に行かれるんですね」
新人の少女が少し不安そうに言う。
「うん。でもそんなに長くは居ないよ?」
「でも……」
その表情を見て、シャーロットは少しだけ困ったように笑った。
「大丈夫」
優しい声だった。
「みんな居るから」
その言葉に、新人の少女が少しだけ目を丸くする。
以前なら。
きっと逆だった。
“シャーロットが居るから大丈夫”。
皆がそう思っていた。
でも今は違う。
シャーロット自身が、周囲を信じ始めている。
「地方支部の視察日程はこちらです」
エリシアが書類を手渡す。
「北側を中心に回る予定です。無理な移動は避けてください」
「はーい」
「返事が軽い」
「うぅ……」
「あと定期連絡は必ず」
「するよ!」
「本当に?」
「……たぶん」
「してください」
ぴしゃりと言い切られた。
フレアが隣で吹き出す。
「エリシア、お母さんみたい!」
「誰のせいだと思っているんですか」
「えへへ……」
シャーロットは笑うしかない。
実際、自分達はかなり自由に動く。
特にフレア。
そして止めないルナ。
結果、エリシアの苦労が増える。
「まぁでも」
フレアがにやっと笑う。
「久しぶりの旅だし!」
「……旅というより視察」
ルナが静かに訂正する。
「同じようなもんだよ!」
「違うと思います」
エリシアが即座に返した。
そんなやり取りを見ながら、マリアがゆっくり近づいてくる。
「はい、これ」
差し出されたのは、小さな薬袋だった。
「酔い止めと疲労用。あと熱冷まし」
「わっ、ありがとう!」
「無茶した時用も入ってるからねぇ」
「してないよ?」
「する前提で渡してるんだよ」
完全に信用されていなかった。
シャーロットが少ししょんぼりする。
その様子に、周囲から小さな笑いが漏れた。
「まぁでも」
マリアが優しく笑う。
「少し楽しんでおいで」
「……うん!」
シャーロットが嬉しそうに頷く。
その表情は、どこか軽かった。
責任から解放された訳じゃない。
でも。
任せられる場所がある。
帰って来られる場所がある。
それだけで、こんなにも気持ちは違うのだと。
シャーロットは少しずつ知り始めていた。
その時だった。
「で、どこまで行くの?」
フレアが目を輝かせる。
シャーロットは少し考えてから、小さく笑った。
「んー……まずは北かな?」
「おぉー!」
「……寒そう」
ルナがぽつりと呟く。
「えっ、ルナ寒いの苦手?」
「別に」
「絶対苦手じゃん!」
騒がしいフレア。
静かなルナ。
その真ん中で、シャーロットが笑う。
そんな三人を見送りながら、エリシアは小さく息を吐いた。
「……本当に大丈夫でしょうか」
「まぁ何とかなるさ」
マリアは穏やかだった。
「だってあの子、どこ行っても誰かと仲良くなるからねぇ」
それは、少し先の未来を思わせる言葉だった。




