第6節「外を見てきなさい」
日が沈み始める頃には、聖療院の喧騒も少しずつ落ち着いていた。
診察室の灯りだけが、まだ静かに揺れている。
新人達も後片付けに追われながら、それぞれ慣れた手つきで動いていた。
「消毒終わりました!」
「薬草庫閉めます!」
「今日の報告書まとめておきます!」
そんな声を聞きながら、シャーロットは窓際で小さく伸びをした。
「んー……」
「お疲れですか?」
後ろからエリシアが声を掛ける。
「ちょっとだけ」
「ちょっとだけ、ではない顔をしています」
「えへへ……」
笑って誤魔化そうとするが、すぐ見抜かれた。
最近は特にそうだ。
隠し切れない。
周囲が、自分をちゃんと見ているから。
「今日はもう上がってください」
「えっ、でも――」
「大丈夫です」
エリシアが静かに言い切る。
「こちらは回りますから」
その言葉に、シャーロットが少しだけ目を瞬かせた。
以前なら聞けなかった言葉だった。
“回る”。
その一言が、どれだけ重いか。
シャーロットは知っている。
「そうそう」
奥からマリアもやって来る。
「たまには外を見てきなさいな」
「外?」
「今のあんた、聖療院ばっかり見てるだろう?」
「うぅ……」
否定出来ない。
気づけば毎日ここに居た。
目の前の患者。
地方支部。
巡回。
やる事は尽きない。
でも。
「少し離れて見る事も必要さ」
マリアが穏やかに笑う。
「続けるためにはねぇ」
シャーロットは静かに視線を落とした。
続けるため。
その言葉を、この場所に来てから何度も聞いている。
最初は分からなかった。
助けたいなら、止まっちゃ駄目だと思っていた。
でも今は少しだけ分かる。
壊れたら、続かない。
一人では、続けられない。
「地方巡回も兼ねて、少し回ってきてはどうです?」
エリシアが書類を差し出す。
「地方支部の視察予定、丁度空いています」
「えっ、もう決まってたの?」
「準備はしていましたから」
しれっと返される。
どうやら最初からそのつもりだったらしい。
「うぅ……」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど……」
少しだけ寂しい。
そんな気持ちもあった。
ここに居れば、自分に出来る事がある。
患者も居る。
やるべき事もある。
でも。
「シャーロット」
マリアが優しく呼ぶ。
「任せる事も、大事な仕事だよ」
「……」
「ちゃんと育ってる」
その言葉に、シャーロットは静かに周囲を見回した。
新人達が動いている。
エリシアが指示を出している。
診察室ではマリアが患者と話している。
皆、自分の役割を持って動いていた。
少し前まで、自分一人が必死に走り回っていた場所が。
今はちゃんと“皆の場所”になっている。
「……うん」
小さく頷く。
「少し、行ってみる」
「えぇ」
エリシアが静かに頷いた。
「こちらは大丈夫です」
「困ったら呼んでね?」
「その時はちゃんと呼びます」
「無茶はしないでくださいね」
「それはお互い様じゃないかなぁ」
「……」
エリシアが少しだけ言葉に詰まる。
図星だった。
最近はエリシア自身も働き過ぎだと、周囲からよく言われている。
その様子を見て、マリアがくすくす笑った。
「似た者同士だねぇ」
「違います」
「えへへ」
シャーロットが笑う。
その笑顔を見ながら、エリシアは小さく息を吐いた。
少し前まで、この少女はいつ壊れてもおかしくなかった。
でも今は違う。
支える人が居る。
任せられる場所がある。
だから少しだけ、外へ出せる。
「……楽しんできてください」
「うん!」
シャーロットが嬉しそうに頷く。
その顔は、聖女ではなく。
どこか、普通の旅好きな女の子みたいだった。




