第4節「居なくても回る」
昼を過ぎても、聖療院の忙しさは変わらなかった。
診察室では治療が続き、待合室では患者達が順番を待っている。
それでも以前のような混乱はない。
「次の患者さん、こちらです!」
「包帯交換終わりました!」
「薬草追加しておきます!」
声が飛び交い、人が動く。
その流れは、もう一人では作れない規模になっていた。
「……本当に回ってるねぇ」
廊下の隅でその様子を眺めながら、シャーロットがぽつりと呟く。
「だから前からそう言っているでしょう」
隣で書類を抱えたエリシアが答えた。
「でも、なんか不思議」
「不思議?」
「うん。前はね、私が居なかったら止まっちゃうって思ってたから」
少し困ったように笑う。
昔は本当にそうだった。
自分が倒れたら終わる。
手を止めたら救えない。
そんな場所ばかり見てきた。
だから止まれなかった。
でも今は違う。
「シャーロット先生!」
診察室の方から新人の少女が顔を出す。
「熱患者さん、落ち着きました!」
「うん、ありがとう!」
「あと次の患者さんなんですけど、診察順こちらで調整しました!」
そう言って見せられた紙を見て、シャーロットは少し目を丸くした。
ちゃんと整理されている。
軽症。
重症。
感染疑い。
優先順位。
全部、以前教えた通りに。
「……すごい」
「えへへ、頑張りました!」
嬉しそうに笑う新人。
その姿を見ながら、シャーロットはふわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。
育っている。
ちゃんと。
ここで働く人達が。
支える側が。
「シャーロット」
不意に後ろから声が掛かった。
振り返ると、マリアが湯気の立つカップを持って立っていた。
「少し休憩しな」
「わっ、ありがとう!」
受け取ると、薬草の香りがふわりと広がる。
一口飲む。
「……苦い」
「薬だからねぇ」
「えへへ……」
少し顔をしかめるシャーロットを見て、マリアが笑う。
「最近のあんた、ちゃんと休めてるかい?」
「休んでるよ?」
「その答え方する時は休めてないねぇ」
「うぅ……」
図星だった。
マリアはゆっくり隣へ腰掛ける。
「でもまぁ、前よりはマシな顔してる」
「そうかな?」
「周りを見る余裕が出来てるからね」
以前のシャーロットは、自分の手の届く範囲しか見えていなかった。
いや。
見えていても、一人で抱え込もうとしていた。
でも今は違う。
任せる事を覚え始めている。
「見てごらん」
マリアが視線で示す。
そこでは新人達が、相談しながら患者対応を進めていた。
「この薬草はこっち!」
「包帯足りますか!?」
「次、熱患者通します!」
まだ荒削りだ。
危なっかしい所もある。
でも。
ちゃんと“現場”になっている。
「……えへへ」
「安心した顔してるねぇ」
「うん」
シャーロットは小さく頷く。
「なんかね」
「うん?」
「私が居なくても、ちゃんと進んでるんだなぁって思って」
少し寂しくて。
でも。
それ以上に嬉しかった。
誰か一人が倒れたら終わる場所じゃない。
誰かが支えて。
繋いで。
回り続ける場所になってきている。
それはきっと、自分がずっと欲しかったものだった。
「マリア先生!」
診察室の方から声が飛ぶ。
「次の患者さんお願いします!」
「はいはい、今行くよ」
マリアがゆっくり立ち上がる。
その背中を見送りながら、シャーロットは薬草茶をもう一口飲んだ。
「……やっぱり苦い」
「飲めるようになっただけ成長したじゃないか」
「そうなのかなぁ」
マリアは笑う。
聖療院も同じだ。
最初は苦くて、余裕なんてなくて。
それでも少しずつ慣れて。
少しずつ支え合えるようになっていく。
そんな積み重ねの先に、今がある。
廊下の向こうでは、また新人達の声が響いていた。
シャーロットはその音を聞きながら、小さく目を細める。
自分が見えない場所でも。
少しずつ。
誰かを支えられる場所になり始めていた。




