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第3節「育った人達」

 昼前になる頃には、聖療院の待合室はほぼ埋まっていた。


 地方から来た患者。


 長く通院している老人。


 子供を抱えた母親。


 忙しさそのものは、以前とそこまで変わらない。


 けれど。


「こちら熱がありますので別室へ!」


「診察順を調整します!」


「薬草補充しておきました!」


 動きが止まらない。


 誰かが指示を待つのではなく、自分で考えて動いている。


 それが今の聖療院だった。


「次の方どうぞー!」


 入口近くで、新人の青年が患者を案内していく。


 少し前まで緊張で声も震えていた子だ。


 今ではちゃんと周囲を見て動けている。


「……すごいねぇ」


 その様子を見ながら、シャーロットがぽつりと呟いた。


「何がですか?」


 隣で書類整理をしていたエリシアが顔を上げる。


「みんな、ちゃんと動いてるなぁって」


「それは教育しましたから」


「えへへ、エリシア頑張ったもんね」


「……あなたもですよ」


 エリシアは少し呆れたように返す。


 けれど、その声は柔らかかった。


 以前のシャーロットは、一人で抱え込もうとしていた。


 全部自分でやろうとして。


 全部手を伸ばそうとして。


 結果、何度も倒れかけた。


 でも今は違う。


 任せることを少しずつ覚え始めている。


「先生! 薬草庫の整理終わりました!」


「ご苦労様です。湿気対策は?」


「か、確認済みです!」


「よく出来ました」


 褒められた新人の少女が、ぱっと顔を明るくする。


 そんな光景を見ながら、シャーロットは少しだけ目を丸くした。


「なんか……」


「?」


「ちゃんと先輩してる」


「誰がですか」


「エリシア」


「……」


 一瞬、エリシアが言葉を詰まらせる。


 そして小さくため息を吐いた。


「いつまでも新人では居られませんから」


「えへへ、かっこいい」


「茶化さないでください」


 でも少しだけ、耳が赤かった。


 マリアがその様子を見て、くすくす笑っている。


「最初は自分の事だけで精一杯だったのにねぇ」


「マリア先生まで……」


「成長したってことさ」


 マリアは嬉しそうだった。


 聖療院が育っている。


 人が育っている。


 それはつまり、


“シャーロットだけに頼らない場所”


が出来始めているということだから。


「シャーロット先生!」


 今度は別の新人が駆け寄ってくる。


「軽傷の患者さんの処置、終わりました!」


「うん、お疲れさま!」


「あと、次の患者さんなんですけど……」


「んー?」


「私達だけでも、たぶん大丈夫です!」


 その言葉に、シャーロットが少しだけ目を丸くする。


 新人の少女は緊張しながらも、ちゃんと前を見ていた。


「……出来そう?」


「は、はい! ちゃんと教わりましたから!」


 その後ろでは、別の新人達も小さく頷いている。


 シャーロットは少しだけ視線を揺らした。


 最初は、自分が居なければ駄目だと思っていた。


 自分がやらなければ。


 自分が助けなければ。


 でも。


「……そっかぁ」


 自然と、頬が緩む。


「じゃあお願いしてもいい?」


「はい!」


 新人達がぱっと動き出す。


 薬草。


 消毒。


 診察準備。


 少し危なっかしい部分はある。


 でも、それでもちゃんと前へ進んでいる。


「……不思議ですね」


 エリシアがぽつりと呟いた。


「何が?」


「以前は、誰か一人でも欠けたら回らないと思っていました」


 現にそうだった。


 誰かが倒れれば、その分だけ現場が崩れる。


 余裕なんてどこにもなかった。


 でも今は。


「少しずつですが、形になってきています」


「うん」


 シャーロットが静かに頷く。


 窓の外では、新しい患者を乗せた馬車が止まっていた。


 新人達が自然に動き出す。


 案内。


 診察。


 振り分け。


 誰かが指示を出す前に、もう動けている。


 その光景を見ながら、シャーロットは小さく笑った。


「……なんか嬉しいね」


 それはきっと。


 自分が居なくても大丈夫になる寂しさと。


 それでも、この場所が続いていく安心感が。


 少しだけ混ざった笑顔だった。

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