第2節「支える側」
聖療院の奥では、次々と書類が運び込まれていた。
「北部支部から報告です!」
「こちらへ」
エリシアが受け取った紙束へ素早く目を通す。
薬草在庫。
患者数。
発熱症状の増加。
不足している人員。
以前は中央だけで手一杯だった。
でも今は、地方支部も動いている。
当然、その分だけ確認するものも増えた。
「……薬草の減りが早いですね」
「北はまだ寒いからねぇ」
隣で薬草を刻んでいたマリアが答える。
「身体を温める薬草茶を多めに出してるんじゃないかい?」
「あぁ……なるほど」
エリシアが報告書へ書き込みを加える。
以前なら、こういう調整も全部その場しのぎだった。
足りなくなってから慌てて動く。
現場が止まる。
誰かが倒れる。
そんな繰り返し。
でも今は違う。
先を見て動く人が増えた。
支える側が育ち始めている。
「第三倉庫の包帯、残り少ないです!」
「南部支部へ追加要請を。あと中央在庫も確認してください」
「はい!」
新人達が慌ただしく走っていく。
それを見ながら、マリアが小さく笑った。
「すっかり偉くなったねぇ」
「からかわないでください」
「最初は泣きそうな顔してたのに」
「……否定はしません」
エリシアが小さく息を吐く。
本当に余裕がなかった。
患者。
物資。
順番。
治療。
全部が足りなくて。
でも一番足りなかったのは、
“支える側”
だったのだと今は分かる。
「エリシアさん!」
また別の新人が駆け込んでくる。
「第五診察室で子供が泣いていて……!」
「シャーロットさんは?」
「今、熱患者の方です!」
「……分かりました」
エリシアが立ち上がる。
しかしその前に、マリアがひょいと立ち上がった。
「はいはい、じゃあおばあちゃんが行こうかね」
「マリアさん?」
「泣き止ませるのは年寄りの仕事さ」
そう言って、ゆっくり歩いていく。
慌てない。
急がない。
でも不思議と、マリアが居るだけで空気が落ち着く。
新人達もそれを知っていた。
「……すごいですよね、マリア先生」
ぽつりと新人の少女が呟く。
「焦ってるところ、見たことありません」
「長くやってるからねぇ」
奥の診察室から、マリアの穏やかな声が聞こえてくる。
「大丈夫だよぉ、怖くないからねぇ」
すると、子供の泣き声が少しずつ小さくなっていった。
エリシアは小さく息を吐く。
「……敵いませんね」
「えへへ、マリア先生すごいよねぇ」
いつの間にか戻ってきていたシャーロットが笑う。
その額には少し汗が浮いていた。
「熱患者の処置、終わったんですか?」
「うん、落ち着いたよ」
「無理はしていませんか?」
「大丈夫!」
そう答えるシャーロットを見て、エリシアは少しだけ眉を寄せる。
大丈夫。
その言葉を、この少女は簡単に使う。
昔から。
限界でも笑う。
倒れるまで止まらない。
だからこそ、支える側が必要だった。
「……今日は昼休憩、ちゃんと取ってくださいね」
「えっ」
「返事は?」
「は、はい……」
少ししゅんとするシャーロット。
それを見て、周囲の新人達が小さく笑った。
以前なら考えられない光景だった。
聖女は遠い存在だった。
でも今は違う。
ちゃんと笑って。
怒られて。
支えられている。
そんな姿を、皆が知っている。
「シャーロットさん、これ地方の子供達からです!」
新人の一人が、小さな包みを持ってきた。
「ん?」
開くと、中には不揃いの焼き菓子が入っていた。
『このまえはありがとう』
拙い字でそう書かれている。
「……えへへ」
シャーロットが嬉しそうに笑う。
その顔を見ながら、エリシアはふっと視線を落とした。
きっと、この人は変わらない。
目の前の人へ手を伸ばしてしまう。
だから。
だからこそ。
「……続けられるようにしないと」
「エリシア?」
「いえ、何でもありません」
聖女一人で回る場所では駄目なのだ。
誰かが倒れた瞬間、止まってしまう救いは長く続かない。
だから支える。
繋げる。
回し続ける。
それが今、自分達の役割だった。




