50.瓢箪から駒
「コミカライズ開始のお祝いをと、ご挨拶に参りました」
私は接客中だったから、渋谷〇〇書店のカウンター越しの会話になった。
マッグガーデン社が手掛けるコミカライズは順調に進んでいる。読者さんからの評判もとてもいい。インプレスnext publishingの担当氏は深々と頭を下げた。
「わが社から本を10冊出して頂き、ありがとうございます」
「…………」
もちろん、そのためにわざわざ書店へ出向く必要はない。しかも彼の顔色は暗かった。
『魔術師の杖』の版元はインプレスだけれど、正確にはインプレスnext publishingの刊行物であるため、インプレスブックスのラインナップにも載っていない。
電子書籍以外の販路が、事実上断たれている理由もそこにある。
書店に並ばない本がヒットするのは難しい。
コミカライズを機に、少しは改善されるかと思ったのだけれど……八方塞がりな状況は変わらないようだ。
お願いしていた調整は、何ひとつ進んでいないのだろう。けれどそれはインプレス内部の問題で、私にもどうしようもない。
「グッズでも作ったらどうですか」
「グッズ……」
「独立系の書店は、選書や古書の商いだけでは経営が安定せず、グッズを作って売るんです。トートバッグやステッカー……しおりとかを。それを元手にしてオリジナルで新刊を作り、作家さんごと売り出してヒットを狙うんです」
これも渋谷〇〇書店で店番をしていて得た知識だ。
こだわりの本を置く独立系の書店は、お客さんを呼ぶために様々な工夫をしている。
イベントを定期的に開催し、作家さんを発掘する。書店同士が集まって、大きなイベントを開催することもある。
そして結局は本を作りだす。書店オリジナルの新刊がヒットすれば、サイン会やトークショーも開いてお客さんを呼べるし、作家さんたちの活動も支えられるからだ。
「勉強になります」
従業員数が約250名の大企業にはない発想だったらしい。
もともと『魔術師の杖』の読者さんから、「グッズを作ってほしい」という要望は寄せられていた。
書影のポストカードにクリアファイル、キャラクターたちのアクリルスタンドやアクリルキーホルダー……キャラクターたちのステッカーなど。
「ええと……じゃあTシャツとか」
「そんなもん誰が着るんですか」
胸にネリアやレオポルドのイラストがついたTシャツ……ハッキリ言おう。着て歩けない。部屋着かパジャマにしかならない。
(ダメだ、このセンス……)
私はため息をついた。同人誌ならグッズメーカーに発注して、コミティアやBOOTHなどで売る。個人でやるなら、だいぶ手軽に作れるようになった。
けれど会社というものは、まず企画立案して偉い人の決済を取らないといけない。グッズ担当もいない出版社で、編集者が片手間にやるには大変すぎる。
(めんどくさい……)
担当氏が小さくなる。
「Tシャツなら前例がありまして……」
「クリアファイルやポストカードは前例がないんですね」
「はい」
(つまり承認を得るのは難しい……と)
社員数約250名の大企業のお偉いさんが、わざわざコミティアなどに出かけてグッズに目を輝かせ、「わぁ、今はこんなのあるんだぁ。ウチでも作ろうよ!」と言いだす……なんてあるわけない。
もともとIT関連の技術書がメインの出版社なのだ。質実剛健、ラノベに対する理解もなく、オタク路線だとかなりマニアックな品揃えだ。
(キラキラしたラノベには、てんで向いてない出版社だよなぁ……)
ちょうど渋谷〇〇書店で、お客さんの要望でトートバッグを作ろうとしていたことを思いだした。
『買った本を入れて、持って帰るためのトートバッグがほしい。この書店のロゴは可愛いから、それを使ったらいいと思う』
そんなご意見を頂き、運営さんが考えたデザイン案に、棚主たちが投票したばかりだった。
「トートバッグはどうでしょう。この書店でも今度作るんですよ」
「あ、それなら前例があります!」
(あるんだ。ま、アテにしないほうがいいわね)
「楽しくやることです。なんでも楽しめばいいんですよ」
この書店で棚主さんたちから教わった。できるかどうかわからなくても、想像するだけで楽しくなる。担当氏は暗かった顔色がちょっとだけ明るくなって帰っていった。
そしてなんと、彼は数ヵ月かけて社長決裁を取りつけた。
今年発売5周年の『魔術師の杖』シリーズは、初のキャラクターグッズ、トートバッグ発売へと動き出すことになる。
まさしく『瓢箪から駒』だった。










