8. 【竜の寝床】能天気な新人ちゃんの様子が何やらおかしいです
8. 【竜の寝床】能天気な新人ちゃんの様子が何やらおかしいです
そして翌日。今日も天気は雲一つない快晴だ。
「ふわぁぁぁぁ……」
「おはようエルン!」
「あ、うん。おはようミーユ」
「……いつまで寝ぼけてるんだ。お前には危機感ってものがないのか?崖っぷちの底辺の割に、随分と余裕だな?」
朝からブレイドさんの容赦ない嫌味が飛んでくる。せっかくの気持ちいい朝だったのに、一言で台無しだ。前から思ってたけど、この人絶対に私のこと嫌いだよね?
私は不貞腐れながら身支度を整え、三人で竜の寝床へと足を踏み入れた。
しばらく進むと、高く険しい崖に囲まれたすり鉢状の渓谷にたどり着く。ここが竜の寝床だ。周囲は赤茶けた岩肌が剥き出しになっており、植物などは一切生えていない異様な空間だった。
目的のグリムドラゴンは、全身が茶褐色の中型ドラゴン。岩肌に擬態しやすいため、慎重に探しながら奥へ奥へと進んでいく。
ミーユが物珍しそうにキョロキョロと率先して前を歩き、私たち二人がそれに続く。時折「あ、変な虫!」とか「この石、キラキラしてる!」なんて無邪気にはしゃぐものだから、ここが危険なダンジョンだということを忘れてしまいそうになる。
まるでピクニックにでも来たかのように楽しそうな彼女の後ろ姿を見つめていると、不意に、ブレイドさんが私の耳元へ顔を寄せた。
「エルン。あのミーユって小娘には気をつけておけ。素性が分からない以上、背中は預けるな」
息を潜めた低い声が、静かに鼓膜を打つ。
「えっ、どうしてですか?」
「お前な……本当に少しは危機感を持て。これだから温室育ちのガキは。将来、変な男に騙されるのがオチだな」
うるさい。私の将来を勝手に決めるな。
「……よく考えろ。あいつは昨日、キラービーの巣からエーテルドロップを採取してきたと言ったな。エルン、お前はキラービーのような凶暴な魔物に一切気づかれず、巣の奥深くまで潜り込んでアイテムを探し出すことができるか?」
ブレイドさんの言葉に、私はハッとして前を歩くミーユの背中を見た。
確かにそうだ。エーテルドロップは、無数の凶暴なキラービーが飛び交う巣の最深部まで潜入しなければ手に入らない。ミーユは「最後にしくじった」と言っていた。それはつまり、採取して巣を出る直前までは、あの群れの只中で完全に気配を消し切っていたということになる。
「あいつは間違いなく、何らかの特異なスキルを隠し持っている。警戒だけは怠るな」
「特異なスキル……」
私は改めて、少し先を歩くピンク色の背中を見つめた。鼻歌交じりに歩く姿からは、圧倒的な力を持つ強者のオーラも、得体の知れない魔力も一切感じない。本当にただの能天気な新人冒険者にしか見えないのだ。
だけど、あの『閃光』の元メンバーであるブレイドさんが言うのだから、間違いはないはずだ。
「おーい!2人とも何ヒソヒソ話してんの?置いていっちゃうよー?」
ミーユが無邪気に手を振っている。確かにブレイドさんの指摘は不気味だけど、今は余計な詮索をするより、目の前のグリムドラゴン討伐に集中しなければ。
さらに奥へ進むと、両脇の崖が天を塞ぐように高くそそり立ち、谷底に差し込む光の量が極端に減ってきた。
さきほどまで聞こえていた虫の鳴き声すら途絶え、薄暗い空間には、血の匂いが混じったような生温かく重い空気がジメッとまとわりついてくる。思わず息が詰まる。魔物の姿はまだ見えないが、本能が警鐘を鳴らすような、圧倒的な『死』の匂いが谷底に充満し始めていた。
私が無意識に新調したショートソードの柄を強く握りしめた、その時だった。
前を歩いていたミーユが、ピタリと唐突に足を止めた。
「どうかした、ミーユ?」
「うーん……ねぇ、グリムドラゴンってどんな感じの見た目なの?」
「えっと……全身が茶褐色で、岩みたいな皮膚をした中型のドラゴンだけど。尻尾の先が少し太くなってるのが特徴かな」
「ふーん、なるほどね」
ミーユは自分の顎に人差し指を当てて、ケラケラと笑う。
「ああ……じゃあ、見つけたよ。この真っ直ぐ奥、岩の陰にいるね。今、ちょうどこっちに向けてゆっくり振り向いたところ」
「なんで分かるんだ?お前、気配でも読めるのか?」
ブレイドさんが鋭く問い詰める。周囲は入り組んだ岩だらけで、ここから目視できるものは何もない。
「気配なんて読めるわけないじゃん。私、魔物と戦ったことないんだし。言ってるじゃん、ただ《《見つけた》》って」
「見つけたって……ここからじゃ岩しか見えな――」
次の言葉を紡ごうとした私は、思わず息を呑み、全身を強張らせた。
ゆっくりと振り返ったミーユの、あんなに愛らしかったピンク色の瞳が……今はまるで猛禽類のように無機質で冷たい、黄金色の光を放っていたのだから。




