6. 【絶対防御の欠点】最弱ゴブリン相手でも引き分けってマジ!?
6. 【絶対防御の欠点】最弱ゴブリン相手でも引き分けってマジ!?
雲一つない青空。どこまでも高く澄み切った快晴は、今の私の気分そのものだった。
王都ローゼンシャリオの南に位置する危険地帯、『竜の寝床』。そこへ向かって街道を歩く私の足取りは、自分でも驚くほど軽かった。
私の腰には、今朝、王都の武器屋で新調したばかりの扱いやすいショートソードが提げられ、右手には魔力を通しやすい軽量の杖が握られている。
どんな武器でも『形態模写』を使えばスキルが扱えるとはいえ、自分の手足となる基本装備は必要だ。真新しい武器の感触が、私を立派な冒険者にしてくれているような気がして、自然と頬が緩んでしまう。
昨日の夜、自分の部屋でブレイドさんに言われた『神格スキル』のこと。私の能力は相性が最悪で、相手を倒す決定打にはならない。でも、ブレイドさんが私の横にいてくれるなら――この力は、最高の盾になり、最高のサポートになるんじゃないか?
二人でなら最強になれる。いつか本当に、私を鼻で笑って追放した連中を追い抜き、見返すことができる。今はそんな根拠のない自信で胸がいっぱいだった。
「おい、エルン」
「何ですか、ブレイドさん?」
「……何ニヤニヤしてんだ。さっきから気味が悪いぞ」
「きっ……!?」
やばっ。また顔に出てしまっていたみたいだ。というか、いくらなんでも年頃の女の子に向かって気味が悪いとは何事か。
「それセクハラですよ、ブレイドさん!女の子の容姿について無神経な言及をするのはマナー違反です!」
「オレはお前みたいな色気のないガキに興味はねぇよ」
「興味があるとかないとか、そういう問題じゃありません!」
本当に失礼な人だ。さっき胸の中で「ブレイドさんが横にいてくれるなら最強!」なんて感謝した発言は、きれいに撤回しておこう。
「そういえばブレイドさん。グリムドラゴンを倒す作戦ってどうなってるんですか?私、まだ何も聞いてませんけど」
「作戦?ああ……特に決めてなかったな」
「は……?」
「まぁ、グリムドラゴンくらいなら作戦なんてなくても問題ないだろう。見つけたら奴の首を落とす。それだけだろ、緊張しすぎだぞお前?」
「グリムドラゴン『くらい』って……あのですね!私はドラゴンと戦ったことなんてないんですよ!?せめて立ち位置とか、役割分担とか、作戦くらい決めてくださいよ!」
私は頬を膨らませて抗議した。
だって、仮にもブロンズからシルバーへ一気にランクアップできるほど危険な討伐依頼なのだ。初めてのドラゴン相手に「見つけて首を落とす」だけで済むはずがない。
もう少しくらい、新米の私を労ってくれてもいいのに。……新米?いやこのおじさんからしたら、私は新米みたいなもんだ!
そんな言い合いをしながら進むこと数時間。私たちは道中の魔物を蹴散らしながら、目的地の『竜の寝床』のすぐそばまでやってきていた。
……まぁ、蹴散らしたのは全部ブレイドさんなんだけど。
道中、何度か野生の魔物に遭遇して戦ってみたが、案の定、私は魔物にトドメを刺すことができなかった。
弱そうなゴブリンが振り下ろした錆びた剣をショートソードで受け止めても、私の腕力は自動的に『相手の貧弱な力と完全に同等』に調整されてしまうため、ガキンッ! と刃が拮抗し、なぜか最弱の魔物と力対力の熱い鍔迫り合いを演じる羽目になるのだ。
もちろんダメージは一切受けないが、情けない膠着状態になったところを、ブレイドさんが横から一刀両断して終わる。
『相殺の調停』。絶対に負けない最強のスキルのように見えて、自分だけではゴブリン一匹倒せない最弱のスキル。これが神に選ばれた力だなんて、いまだに疑ってしまう。
「よし……今日の移動はここまでにするぞ。野宿だ」
「えっ、野宿!?私、そんなの聞いてないんですけど……」
「言ってないが?何か不都合でもあるのか?」
「不都合だらけですよ!」
私は女の子なんだよ!美少女なんだよ!この人、本当に私のことを女の子として見ていない。
確かに、王都から竜の寝床までの距離を考えれば、日帰りは厳しく野宿になるのは予想できる。準備を怠った私の落ち度でもあるけど、心の準備というものがある。
「文句を言うな。とりあえず飯の準備だ。お前は料理とか何もできなそうだから、オレが作ってやるよ。エルン、近くに水辺があったから水を汲んで来い。そのくらいできるだろ?」
「……はーい」
料理ができないことまで見透かされていて言い返せず、私は不貞腐れた態度で水筒を複数抱え、近くの水辺へと歩き出した。
はぁ……野宿かぁ。固い地面に寝るのも体が痛くなるし、何より虫が嫌だ。夜中に魔物に襲われても、私一人じゃ相殺して押し合うことしかできないし。
ブツブツと心の中で文句を言いながら森の中を進んでいると、不意に前方からガサガサと騒がしい音が聞こえてきた。
見れば、遠くから鮮やかなピンク色の何かが、ものすごい勢いでこちらに向かって走ってくる。
……なんか、ものすごく嫌な予感がする。
「あっ、そこのお姉さん!逃げて逃げてーっ!」
「……えっ?」
私がその声のほうを見ると、ピンク髪の女の子の背後から、真っ黒な雲のようなものが追いかけてくるのが見えた。
ブゥン、という低く不気味な羽音。間違いない、凶暴な毒蜂の魔物『キラービー』の大群だ!
いくら私の能力でも、あんな大群をいっぺんに相殺できるわけがない……のか?そもそも毒が心配!私は悲鳴を飲み込み、咄嗟に踵を返して野営地へと全力疾走した。
「ちょっとあなた!なんであんなキラービーの大群に追われてるの!?」
「たぶんこの『エーテルドロップ』のせいじゃないかなーっ!?勝手に巣から持ち出しちゃったから!ギルドの依頼物採取って大変だね!」
「いやいや!いくらギルドの依頼とはいえ、あんな群れの巣に単独で突っ込むなんて無茶すぎるでしょ!」
「もしかして、お姉さんもギルドの冒険者なの!?っていうか、走りながら聞いてる場合じゃないよね!」
私は必死に足を動かす。こんなに全力で走ったのはいつ以来だろうか。心臓が破裂しそうになりながら、丁度ブレイドさんが焚き火の準備をしているあたりまで転がり込んだ。
「ブレイドさん!助けて!」
「ああ? ……なにやってんだよ、お前は」
私たちの背後に迫る真っ黒な大群を見たブレイドさんは、舌打ちを一つすると、腰の剣をすらりと抜き放った。
そして、大きく踏み込むと同時に、ほとんど予備動作のない神速の抜刀で空気を切り裂くような凄まじい剣圧を放った。
――ドバァァンッ!!
巻き起こった見えない暴風の斬撃が、先頭のキラービー数匹をまとめて一刀両断にする。残りの群れは、ブレイドさんが放つ圧倒的な強者の威圧感に生存本能が警鐘を鳴らしたのか、蜘蛛の子を散らすように慌てて森の奥へと逃げ帰っていった。
……助かった。私はその場にへたり込み、荒くなった息を整える。少しは体力づくりもしておかないと駄目だね、これ。
「いやぁ、そこのお姉さんとおじさん、助かったよー!」
「……誰がおじさんだ。お前は誰だ」
ブレイドさんが剣を鞘に納めながら、面倒くさそうに見下ろす。キラービーの大群から逃げ切ったというのに、その女の子はケロッとした顔で立ち上がり、私たちに向かって満面の笑みでウインクをした。
「私はミーユ!この前ギルド冒険者になったばかりの、16歳のピチピチな女の子です!てへっ☆」
私とブレイドさんは、竜の寝床の近くで同じギルド冒険者のミーユと出会った。
確かに王都のギルドでは見かけない顔だ。本当にまだ冒険者になったばかりの新人なのだろう。なんだか、王都に来たばかりの頃の自分を見ているようで少し懐かしいな……と、私はミーユの底抜けに明るい笑顔を見ながら思っていた。




