5. 【受付嬢の秘め事】私の知らない、おじさんが抱える重い過去
5. 【受付嬢の秘め事】私の知らない、おじさんが抱える重い過去
あれから時間は経ち、王都ローゼンシャリオの空はすっかり深い夜の闇に包まれていた。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったギルドだが、遅くまで働いている冒険者や職員のためか、まだ温かな灯りが点いたままだ。
「ふぅ……今日の仕事も終わりね。早く帰らないと。エルンちゃんとブレイドさん、上手くやっているかしら」
仕事が終わってホッとしたのか、ギルド受付嬢のルナレットは小さく背伸びをしながら、誰にともなくそんな独り言を呟いた。帰り支度を始めようとしたその時、ギルドの重厚な木の扉がゆっくりと開かれる。
こんな時間に来客なんて珍しい。ルナレットが不思議に思いながらそちらに目を向けると、そこには一人の大柄な男性が立っていた。
「あら?ブレイドさん?」
「おう」
「どうしたんですか、こんな時間に?」
「今帰りか?一杯付き合え」
ブレイドはそれだけ言うと、迷うことなくカウンター席に腰を下ろし、酒を注文した。ルナレットが慣れた手つきで戸棚から酒瓶を取り出し、並べた二つのグラスに琥珀色の液体を注ぐ。
カチン、と。
軽い乾杯の音が、静まり返ったギルドに吸い込まれていく。それからしばらくの間、広い空間には互いのグラスの氷が揺れる微かな音だけが響いていた。
やがて、その心地よい沈黙を破ったのはブレイドだった。
「……お前に聞きたいことがある」
「聞きたい事?私に?珍しいこともあるんですね」
ルナレットはクスリと笑って見せたが、ブレイドの聞きたいことが何なのかは、おおよその見当がついていた。間違いなく、エルンのことだろう。
「エルンのことだ。お前……あいつが神格スキル持ちだと気づいていただろう?それであいつとオレを意図的に組ませようとしたんだな?あいつを助けるために」
「神格スキル持ちなんですか、エルンちゃん!?へぇ!まさかまさかですね。ブレイドさん残念ですけど、それは考えすぎですよ?私がブレイドさんみたいに相手のスキルが分かるわけありませんし」
ルナレットは呆れたように肩をすくめる。
だが、グラスを見つめる彼女の横顔は、すぐに真剣なものへと変わった。
「……でも、エルンちゃんを助けてあげたいと思ったのは本当ですけどね」
「なんで、ただのギルド受付嬢のお前が、ただの冒険者の肩を持つんだよ?」
ルナレットは少し黙ったあと、ブレイドにエルンを託した本当の理由を静かに話し始めることにした。
「……どことなく似ているからですかね。《《シャーリー》》に。だからブレイドさんとパーティーを組んで欲しかった。ブレイドさんにも、もう一度あの時の輝きを取り戻してほしくて……ね?」
――シャーリー。
その名前が出た瞬間、ブレイドのグラスを持つ手がピタリと止まった。
静まり返ったギルドに、溶けかけた氷がカラン、と小さく鳴る音だけが響く。だが、彼はそれ以上深く追求することはせず、過去を飲み込むように再びグラスの氷をカラカラと揺らした。
「……あいつの能力は『形態模写』と『相殺の調停』だ」
「相殺……?それはまた、極端なスキルですね?」
「ああ。しかも最悪の組み合わせだ。相殺の特性上、自分の出力を自動で相手と同じレベルに合わせちまう。だから相手を倒す決定打を持てない。結果として『便利屋』なんて呼ばれて都合よく使われてきた。周りのやつらも、あいつ自身も気づかないままな。だが、アイツは間違いなく化ける」
「なるほど……。だから今日、あんな無茶なグリムドラゴン討伐の依頼を選んだんですね?」
ルナレットは腑に落ちたように頷いた。昼間、ブレイドがドラゴンの手配書を叩きつけてきた時、彼女が止めずに微笑んで受理したのは、彼ならエルンを正しく導けると信じていたからだ。
「ああ?あれは、アイツの負け犬根性をだな……」
「はいはい。でもブレイドさんなら、エルンちゃんの本当の価値を引き出してくれるって信じてましたよ?」
痛いところを突かれたような、それでもどこか救われたような。ブレイドはふいっと視線を逸らして口角を上げる。ルナレットにそう言い返されることなど、端から分かっていたかのように。
「……余計なことしやがって」
「ふふふっ、その様子ならブレイドさんもエルンちゃんのこと、気に入ったみたいですね?」
「……もう一杯おごれ、ルナレット」
「え?これ私の奢りなんですか?ブレイドさんから誘ったのに。だからモテないんですよ。まぁ、ブレイドさんに期待しても仕方ないですけど」
そう言って、ルナレットは呆れたように、けれどどこか嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
二人のグラスが重なり、カチンと澄んだ音が再び夜のギルドに響く。
琥珀色の液体越しに揺れる小さな灯り。それは、底知れぬ可能性を秘めた一人の不遇な少女と、長らく立ち止まっていたかつての英雄の、新たな門出を祝うささやかな盃であった。
【あとがき】
ルナレット「ここまで読んでいただき、ありがとうございます。不器用なブレイドさんとエルンちゃんのこれからの冒険、少しでも応援したいと思っていただけたら……」
ブレイド「……『★』を押してやってくれ。アイツが喜ぶ」
ルナレット「ふふっ、素直じゃないですね。皆様、二人の門出にフォローと応援の星をよろしくお願いいたします!」




