1. 【記憶力ニワトリ以下】私の名前はエルンです!誰がエマだよ!
1. 【記憶力ニワトリ以下】私の名前はエルンです!誰がエマだよ!
こんにちは。私はエルン=アクセルロッド。最強無敵のギルド冒険者の超絶美少女(?)。ライゼンバッハ帝国第三皇女の捜索依頼から2週間。私たちはいつものようにギルドの依頼をこなしている。
まさかあのミーユが、本物のライゼンバッハ帝国第三皇女・ミーフィルユ様だとは思わなかったし、しかも21歳でずっと年上だったのもかなりの驚きだった。
でも、ミーユは国に連れ戻されることも、私のパーティーを抜けることもなく、『自由』に生きていくことをウィリアム皇子に認めてもらえた。本当に良かったと思う。
今、私はブレイドさんと共にギルドの円卓に座り、ミーユとアティの買い出しと簡単な討伐依頼が終わるのを待っている。ブレイドさんは、相変わらずお酒ばかり飲んでるけどさ……。
「ああ?なんだまた文句か?可愛くねぇ女だなお前は」
「ブレイドさん、眼鏡かけたほうがいいですよ。全然見えてないみたいですから」
「ハッキリ見えてるが?」
うるさい!また失礼極まりないんだけどこのおじさんは!でも、この人がいなかったら私はどうなっていたか分からないから、そこまで強くも言えないんだけどね……。
そんな時、ブレイドさんの空になったジョッキを下げるため、お酒のおかわりをサリアさんが持ってきた。彼女はギルドの制服を完璧に着こなし、まるでお城の晩餐会でお茶を淹れるような優雅な所作でコトンと音を立てずにジョッキを置く。
「お2人は本当に仲が良いのですね。ミーユさんにも早く、エルンさんのように素敵な男性が現れるといいですけど」
「エルンさんのようにってやめてくださいサリアさん!素敵って……ただの呑んだくれの口の悪いおじさんですよ?サリアさん、目が疲れちゃってるんじゃないですか?」
「ああ?誰が呑んだくれだって?」
いや、あんただよ。なに都合の悪いことはピンポイントで聞こえなくなるスキルとか持ってんのか?
「ふふっ。まぁ、ミーユさんのこと、これからもよろしくお願いしますね」
サリアさんはクスクスと上品に笑い、そう言って仕事に戻っていく。ずっとミーユの侍女として仕えていたサリアさんには、ただの冒険者になった主に対して色々と思うところがあるみたいだけど……それでもやっぱり、誰よりもミーユを大切に想っている優しい人だと思う。
そんな平和な時間を過ごしていると、突然、バンッ!と鼓膜を叩くような乱暴な音を立てて、ギルドの重厚な入り口のドアが蹴り開けられた。
ギルドに響き渡っていた荒くれ者たちの喧騒が、水を打ったようにピタリと止む。無骨なギルド内に、カチャ、カチャ……と、冷たく統率の取れた足音と金属音を響かせて入ってきたのは、この場にはあまりにも不似合いな、磨き抜かれた銀色の甲冑で全身を包む集団だった。
鎧の胸元に刻まれた誇り高き紋章――間違いない、ローゼンシャリオ王国の騎士団だ。どうして国を護るエリートの騎士様たちが冒険者のギルドなんかに?
すると、一番前に立っていた、腰まで届く艶やかな青い長髪の女性が一歩前に出て、よく通る凛とした声で話し始めた。
「私はローゼンシャリオ騎士団の団長、ルーベット=フラウ。このギルドに『壊し屋』と呼ばれるギルド冒険者がいると聞いた。いるなら、すぐに話をしたい!」
その騎士団の団長ルーベットさんを見て、隙のない美しい立ち振る舞いに思わず目を奪われる。こんな状況じゃなかったら、同性でも見惚れてしまっていたかも……じゃない。なんか私のこと探してる!?私、騎士団に目を付けられるような悪いことなんかしたっけ!?
「あの……」
「エルン」
「ブレイドさん?」
「静かにしていろ。騎士団には関わるな。上の連中と関わっても、ろくなことがないからな」
そう言って、ブレイドさんは私の腕をスッと掴み、立ち上がるのを制止した。
すると、カウンターの奥にいたルナレットさんが、武装した騎士たちを前にしても微塵も慌てる様子を見せず、あくまで営業用の完璧な笑顔のままルーベット隊長に向かって告げた。
「申し訳ございませんが、騎士団長様。当ギルドには『壊し屋』などという物騒な名前の冒険者は登録されておりません。ギルドは冒険者の情報をみだりに公開する場ではございませんので……本日はどうぞ、お引き取りくださいませ」
それを聞いた騎士団の隊員たちは、あからさまに苛立って騒ぎ出す。
「おい!貴様、我が隊長になんて口の聞き方を!」
「とぼけてふざけてるのか女!今すぐその『壊し屋』を呼べ!」
剣の柄に手をかけようとした隊員たちを、ルーベット隊長が手で制して止める。
「やめろ。すまなかった。こちらも裏を取らず、良く確認せずに来てしまった。また改めて来ることにしよう。行くぞ」
そう言って、騎士たちは踵を返し、風のように出ていく。そして残された私は、小さく息を吐いたルナレットさんのほうを見る。わざと嘘をついて、私を守ってくれたんだよね。
「ありがとう、ルナレットさん」
「ううん。荒事を避けるのもギルド受付嬢の立派な仕事だから気にしないでエルンちゃん。それにしても、騎士団長様が直接エルンちゃんに用事ってなんだろうね?何か心当たりとかある?」
うーん。考えても全然思い当たらない。もしかしたら……私の『最強無敵のギルド冒険者の美少女』という肩書きが、とうとう騎士団の中にまで浸透してたりして!とか一人で考えてニヤニヤしていると、ブレイドさんはいつものようにバカにしたような冷ややかな目で私を見てくる。
「……なんですか?」
「何がだ?オレは何も言ってないが?」
「いや、絶対に心の中で馬鹿にしてますよね?」
「ああ?また得意の被害妄想か?それとも救いようのない自意識過剰か?」
く~っ!……ほんっとムカつく!この人、絶対私のこと嫌いだよ!私はブレイドさんを思い切り睨みつける。
「どうでもいいが。エルン、変に騎士団の奴らを信用するなよ?お前は実力があっても、中身がバカで危なっかしいからな」
「どこがバカですか!?私は超絶可愛いし、頭脳明晰で最強無敵なんですよ!?」
「……そういうところがだよ」
ブレイドさんは深ぁぁくため息をつく。本当に失礼過ぎるよこのおじさんは!私は不機嫌になりながらミーユたちの依頼が終わるまで待って、その日は解散になった。
そして帰り道。私はいつものように、家に帰るための近道を歩く。日が落ちて薄暗くなった路地裏は、ゴツゴツとした石畳が続き、普段なら一般人はあまり寄り付かない場所だ。でも、私は裏道に詳しいし、何より無敵だから全く怖くない。
鼻歌交じりにショートカットをして家の近くの通りに出ようとした、その時だった。
「……ルーベット隊長?」
街灯のわずかな明かりの下で、壁に背を預けて腕を組む人影があった。銀色の甲冑に、夜風に揺れる青い長髪。間違いない。
「ん?もしかして貴殿が探していた『壊し屋』か? ……まさか、こんな線の細い少女だとは思わなかったぞ」
私の家の近くで一人で待ち伏せされてるなんて、よほど私に重要な話があるのだろう。ブレイドさんには関わらないように言われたし、ルナレットさんにはせっかく守ってもらったけど……こう先回りされては逃げるのは無理だよね。仕方ないので諦めることにする。
「あの……私が『壊し屋』って呼ばれてるギルド冒険者のエルン=アクセルロッドですけど……私に何の用ですか?」
「そう警戒しなくてもいい。エリン殿、少し貴殿に頼みたいことがあってな」
「エルンです。頼みたいこと?」
「ああ。実は北にあるロデンブルグの街で、原因不明の魔物の大量発生が起きているのだ。ローゼンシャリオ騎士団としてはそれの制圧の為に、エルル殿。貴殿のパーティーに力を貸してほしいと思ってな」
だから『エルン』なんだけどね!?この人、絶対わざと私の名前間違えてるよね?さっき教えたばっかりなのに記憶力どうなってんの!?
それに、大量の魔物の発生?そんなのギルドでも聞いたことがないんだけど……しかも原因不明なんだよね?危険すぎる……。
「この件は、正式に騎士団から『王国特級任務』としてギルドに依頼をさせてもらうつもりだ。急な話で悪いが、返事は1週間後で構わない。いい返事を待っているぞ、エマ殿」
「いやもうエから始まる別の誰かになってますよね!?せめて自分の足で勧誘に来た相手の名前くらい覚えましょうよ隊長さん!」
私の抗議も空しく、ルーベット隊長はマントを翻して風のように去っていった。絶対わざとだよね!?わざとじゃないなら記憶力がニワトリ以下だよこの人!
『王国特級任務』。
それは国王陛下直々の任務であり、国を挙げての騎士団からの正式な要請である。まさか一介の冒険者に過ぎない私が、そんな国家レベルの重大な事を直接依頼されるとは……。
もしかして本当に、私の圧倒的な活躍が認められてるのかな?なんかそう思ったら、少し嬉しいかもね。
こうして私は、ローゼンシャリオの騎士団から『王国特級任務』というとんでもない依頼をされるのだった。




