2. 正式な王国特級任務の依頼。受けないでと祈る彼女の悲しい瞳
2. 正式な王国特級任務の依頼。受けないでと祈る彼女の悲しい瞳
私がルーベット隊長と話してから翌日。私とアティはギルドで請け負った依頼を遂行していた。
「うぅ~……むぎぃ~……はぁ……はぁ」
腕がちぎれそう。いや、もうすでにちぎれているかもしれない。
「あ、あの大丈夫ですかエルンさん?顔が真っ青ですよ?」
「ダメ!無理!これ重すぎる!なんで石ころなんかにこんなに密度があるの!?」
私は今、大量の鉱石が入った麻袋を引きずるようにして換金所へ運んでいる。今回の依頼は鉱石商の換金依頼なんだけど……これがまた尋常じゃなく重いんだよ!私みたいな、風に吹かれたら飛んでいってしまいそうなか弱い美少女には完全に荷が重い。
「あの……少し持ちますか?」
心配そうに覗き込んでくるアティを横目で見て、私は思わず絶句した。
彼女は、私が必死に引きずっている鉱石袋の優に5倍はあろう巨大な麻袋の山を、まるで中にふわふわの羽毛でも詰まっているかのように、涼しい顔でヒョイッと小脇に抱え上げていたのだ。
聖女のような可憐なシルエットと、腕に抱えられた絶望的な質量のバグ。いくらなんでも絵面がおかしすぎる。
……え、何それ?魔法?それとも高度な身体強化のスキル?どんだけ腕力バグってるのこの子は。しかも息一つ乱さず「まだあと3袋はいけますよ?」みたいなキラキラした顔してるし。聖女のような可憐な見た目と、その理不尽な筋力とのギャップが恐ろしすぎる。
私はそれを見て慌てて首を横に振る。
「……ううん。大丈夫、私頑張る」
そんな事したら、ただでさえ低い私のプライドが粉々に砕け散ってズタボロになるからね!?
大体こんな力仕事は、あのおじさんがやればいいのに!依頼を決めたあと、『オレとミーユは魔物討伐か。まぁ、どこかの自称最強無敵じゃ魔物を倒せんからな。せいぜい石ころ運びでも頑張れ』とか言ってニヤニヤしながら、さっさと行っちゃうし!
確かにブレイドさんの言う通りだけどさ。私には決定的な攻撃力がないからね。でも、もっとこう……ねぇ?レディに対するスマートな扱い方があると思うよ私は。絶対にいつかあの酒飲みおじさんに一泡吹かせてやるんだから!
そんな文句を心の中でぶちまけつつも、なんとか換金の依頼を完遂して報酬を受け取った。鉱石商のおじさんはすごく喜んでいて、アティに名前を聞いていた。今度から指名させて欲しいって言われてたけど……まぁ分からないでもない。アティ1人で大人の男3人分……いや、馬車1台分くらい運べるんだから。馬を雇うよりコスパが良いのは確実だ。
「えへへ。お得意様になっちゃいましたね」
「うん。でも指名依頼は報酬も増えるから良かったね。アティのおかげだよ」
「やっぱり人助けをするのは嬉しいものです。私の頑張りであんなに喜んでくれるんですから」
アティは心から嬉しそうな笑顔で言う。それはそうだよね。お金のためだけに働いてるわけじゃないもんね。ギルド冒険者の理想は人それぞれ違うと思うし、アティのように純粋に誰かの役に立ちたいと思えるのは素敵なことだ。ただ思うことは、アティが私のパーティーに加入してくれて本当に良かったということだ。
そしてそのままギルドに戻り、依頼の完了報告をしようと中に入ると、依頼の掲示板の前に大勢の冒険者が集まっており騒がしい。何かあったのかな?
『おい、あれ見ろよ……』
『マジかよ、王国の騎士団から直々に……』
『あの“壊し屋”のパーティーに特級任務だってよ……』
そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。なんとなく周りの冒険者たちの視線がいっせいに私に向いているような……。
すると、受付にいるルナレットさんが小走りでこちらへやってきた。
「あっ、エルンちゃん」
「ルナレットさん。鉱石商の換金の依頼、無事に完了しました。ところで掲示板が騒がしいですけど、何かあったんですか?」
「……エルンちゃんたちのパーティーに、騎士団から正式に『王国特級任務』の依頼が来たの」
「えっ?」
そう言えば、昨日ルーベット隊長がそんなことを言っていた。とりあえず私は掲示板に貼り出された羊皮紙の内容を確認する。『北のロデンブルグの魔物討伐及び調査と防衛』。昨日ルーベット隊長が言っていた通りか。それにしても、こんなに早く正式な依頼として本当に来るとは……。
「いやぁ~、私も有名になりましたよね!この最強無敵のギルド冒険者の美少女に、国から直々に声がかかるなんて!」
ふふん、と自慢げに胸を張る私。しかし、そんな私の浮かれた様子とは裏腹に、ルナレットさんはなぜか全く乗り気じゃなかった。
いつもなら「すごいわね!エルンちゃん頑張ってるもんね!」と一番に喜んでくれるはずなのに。今の彼女の顔からは、いつもの柔らかな微笑みが完全に消え去っていた。
「あれ?ルナレットさん?」
「エルンちゃん」
「はい?」
「この依頼は……受けないほうがいいと思う」
ルナレットさんは、今まで見たこともないような真面目な顔で私に言った。その表情は真剣そのもので、微塵も冗談を言っているような感じではなかった。
「王国特級任務は本当に危険だから。成功しても報酬が特別に多いわけじゃないし、ほとんど名声のために受けるようなものなの。……もちろん、エルンちゃんに指名が入ったのはすごいことだし嬉しいけど、私は絶対にやめておいたほうがいいと思う」
ルナレットさんは、祈るように私を見つめた。その瞳はとても強く真っ直ぐで――それと同時に、決して触れてはいけない『過去の取り返しのつかない傷』を思い出したかのような、ひどく悲痛で、怯えたような色を帯びていた。
「そこまでルナレットさんが言うなら……。でも、返事はまだ1週間後でいいって言われてます。ブレイドさんたちとも相談して、少し考えてみます。心配してくれて、ありがとうルナレットさん」
「エルンちゃん……」
この後、とりあえずもう一つの簡単な採集依頼をアティとこなして、今日のギルド活動は解散になった。
辺りはもう日が暮れて、冷たい夜風が吹き始めていた。そして帰り道。私はギルドでの出来事を考えながら、足早に家に帰ることにした。
あそこまでルナレットさんが強く私を止めるとは思わなかった。それだけ私を心配してくれているのは痛いほど伝わってきた。おそらくこの依頼を受ければ、私の命が危なくなる可能性がある。だからこそルナレットさんは必死に止めたいんだろう。
でも、あの悲しそうな目は、それだけじゃないような気がして……。
そんなことを考えながら家に近づいた時。街灯の淡い光の下、私の家のドアの前にポツンと誰かが立っているのが見えた。昨日の凛とした青い髪の騎士団長とは違う。そこに立っていたのは、いつもギルドで見慣れているはずの、温かい赤い髪の女性だった。
「あれ?ルナレットさん?」
「あっ、エルンちゃん。お仕事お疲れ様」
夜の冷たい風に当てられたのか、彼女は自身を抱きしめるように身を縮め、どこか儚げに微笑んだ。いつも余裕たっぷりに私たちを見守ってくれている『食えないお姉さん』の面影は、今の彼女からはすっかり鳴りを潜めていた。
「どうしたんですか?こんな夜に私の家に来るなんて……というか、私の家が良く分かりましたね?」
「ごめん。ちょっとギルドの登録情報を見て、職権乱用しちゃった」
「えぇ!? それって大丈夫なんですか!?」
「ううん。本当は絶対ダメ。でも……どうしても今夜、エルンちゃんと話しておきたかったの。中にいれてくれる?」
「はい。もちろんです。散らかっていますけど、どうぞ」
私は鍵を開け、こうしてルナレットさんを家に入れることにした。こんな夜遅くに、ルールを破ってまで私の家に来て話したいことって一体なんだろう?
……全く思い当たる節がない。たぶん、あの『王国特級任務』の事だとは思うけど、彼女のあの切実な表情を見ると、それだけじゃないような気がして、私の胸は少しざわついていた。




