12. 【自由への許可証】懸賞金より大切な仲間!第三皇女はここにはいない
12. 【自由への許可証】懸賞金より大切な仲間!第三皇女はここにはいない
長く、暗かった夜が明けようとしている。
山の稜線から朝日が昇り始め、冷たかった空気を少しずつ温めていく。無事に『黒蠍』の頭領アルザスを倒した私たちは、お互いに肩を貸し合いながら、一度ゴーバーン村に戻ることにした。ミーユも、捕まっていた影武者のサリアさんも無事で本当に良かった。
「あの……ミー……フィルユ皇女様?」
「ミーユでいいよ。今さらかしこまらなくても」
「えっと……うん。あのさ、ミーユはこれからどうするの?」
「どうって……ライゼンバッハ帝国に戻るよ。ウィルお兄様も、私を探してこの村まで迎えに来てるんでしょ? ……少しの間だったけど、自由にギルド冒険者になれて楽しかったし。みんなと過ごした時間は、私の宝物だよ」
そう言って、ミーユは今にも泣き出しそうな、ひどく寂しそうな笑顔を私に向ける。
これは、ミーユと帝国の問題だから。私は……ただの平民のギルド冒険者だし、口出しできる立場じゃない。でも、せっかく初めてできた大切な仲間なのに。ここで手を離したら、もう二度と会えないかもしれない。私のただの独りよがりかもしれないけれど、どうしても気になってしまう。
「ねえ、ミーユ……。色々調べたんだけどさ、第三皇女の存在は隠されていたってこと、そしてその証拠に『アクアマリンのペンダント』を持っているってこと……。『護るもの』と呼ばれているのも……」
私の問いかけに、ミーユは少しだけ切なそうに目を伏せた。彼女の胸元で、朝日に照らされたペンダントが静かに青い光を反射している。
私からのその問いかけに、ミーユは覚悟を決めたように小さく息を吐いた。
「……詳しくは、まだ全部は話せないんだ。ごめんね。でも……私は生まれてからずっと、帝国では『存在しないもの』として扱われていたの。それが、代々ライゼンバッハの第三皇女に課せられた、変えられない宿命だから」
「宿命……?」
「うん。このアクアマリンのペンダントも、ただの飾りじゃない。我が家に代々伝わる……国そのものを『護る』ための力があるの」
ミーユはそこまで話すと、ふっと自嘲気味に笑い、それ以上は固く口を閉ざしてしまった。その瞳の奥には、私たちが想像もできないような、重く冷たい呪縛の色がかすかに揺れていた。本当の理由は、きっともっと残酷で、彼女一人で抱え込んでいるような秘密なんだろうな。
「……いつか、ちゃんと全部話せる時が来たら、その時は一番にエルンたちに話すから。だから今は……ごめんね」
「うん。分かった」
これ以上踏み込ませまいとするような、でもどこか救いを求めるようなその横顔を見て、私はそれ以上何も聞くことができなかった。
今はまだ、これでいい。彼女が一人で背負っているものを、私たちに半分預けてくれる覚悟ができるまで、ゆっくり待とう。だって私たちは、もう最高の『仲間』なんだから。
しばらく歩くと、村が見えてくる。村の広場には、不安げな村の住人たちと、ブレイドさんたちが私たちの帰りを待っていた。
「あっ、エルンさん!ミーユさん!」
「アティ、ただいま。無事に戻ったよ」
「無事で良かったです!私、皆さんの事が心配で心配で……腕とあばら数本しか持っていけませんでした!」
いや……アティは相変わらずだなぁ。
その時、この山奥の辺境の村には明らかに場違いな、黄金の髪に仕立ての良い服を着た気品溢れる1人の男性が、私の前に歩み出てきた。
「初めまして。私はライゼンバッハ帝国第一皇子のウィリアム=ライゼンバッハ。今回の件では、我が妹が大変お世話になったようで心から感謝する。そなたの名は?」
「あっ、えっと……エルン=アクセルロッドです!」
いきなりオーラが眩しいんですけど!ただ立っているだけで、謎の威圧感がある。あ~、この人がウィリアム皇子か。ミーユのお兄ちゃんなんだね。緊張する……。
ふと私が隣のミーユを見ると、彼女は自分の正体を隠していた罪悪感からか、ギュッと唇を噛み締め、下を向いて黙っている。
「ふむ。ではエルン=アクセルロッド。約束通り、第三皇女発見の懸賞金の200万Gは君のパーティーへ……」
「あの、待ってください!」
私は無意識に大きな声を出し、ミーユの前に出るように一歩踏み出していた。やっぱり……ミーユのこと、放って置けないよね。私は、このパーティーのリーダーなんだから。
「依頼は達成できてません。だから、懸賞金はいりません」
「え?エルンさん?」
「……どういうことかな?詳しく聞かせてもらえるかな?エルン=アクセルロッド」
皇子の鋭い視線が私を射抜く。私は震えそうになる足を必死に堪え、大きく深呼吸をして、ウィリアム皇子の顔をまっすぐ見る。そして、絶対に譲れない私の想いを、ハッキリと口にする。
「そのままの意味です。私は……私の大切な仲間を助けただけ。私たちが助けた場所に、ライゼンバッハ帝国の第三皇女なんて《《いなかった》》。ただ、それだけのことです」
「エルン……」
言ってしまった……。ただミーユを助けたいから。彼女に自由に生きてほしいから。ただそれだけ。でも、もしこれでミーユが皇族として生きていくことを選ぶなら、それでも良いと思う。それは彼女自身の選択だから。
「ふむ……。そうか……では、また一から探さなくてはならぬな?」
「ウィリアム皇子……」
「そこの。ピンク色の美しい髪の君。名前は?」
ウィリアム皇子は、明らかに全てを察した上で、優しく微笑みながら妹に尋ねた。
「えっ……ミーユ……私はミーユ!」
「……良い名前だ。ではミーユ。一つ君に頼みたいことがある。もし今後、我が妹に会うような事があったら、伝えて欲しい」
ウィリアム皇子は、夜が明けた美しい空を見上げて、ミーユに静かに語りかける。その顔はとても優しく、大切な妹の成長を喜ぶように、どこか嬉しそうに見えた。
「『あの空を飛び回る鳥のように、何も縛られることなく自由に生きて欲しい』と。……お願いできるかな?」
「……はいっ。必ず、伝えるからっ……!」
それが、兄からの事実上の「勘当」であり、自由への許可証だった。ミーユも大粒の涙を流しながら、深く頷いて返事をする。
そんな2人を見てると、私の胸の奥の方まで熱くなるような感覚になる。
「では失礼する。私もお忍びで来ているのでね。それにしても――今日の朝日は実に清々しい。少しこの村を観光していきたいくらいだ。はっはっは」
ウィリアムは最後に楽しそうに笑うと、背中を向けそのまま清々しい足取りで村の出口へと歩いていった。
その背中が見えなくなった瞬間。私は急に全身の力が抜け、その場にへたりとしゃがみこんだ。
やってしまった……。
ミーユのためとはいえ、一国の第一皇子相手に大嘘をつくという、不敬罪どころか国家反逆罪スレスレのやらかしをしてしまった。もしかしたらあの爽やかな笑顔の裏に、ドス黒い憎悪が隠されてたりして……。
いきなり国境を越えてライゼンバッハ帝国の軍勢が私に向けられたり、ギルドに大砲なんか撃ち込まれたらどうしよう……オワタ。私の平凡な人生、完全にオワタこれ。
顔面蒼白になっている私の様子を見て、ミーユが不思議そうに話しかけてくる。
「どしたのエルン?急にそんな青い顔して?」
「どっ、どどどうしよう!帝国の軍勢とか攻めて来ない!?大砲なんか撃ち込まれないよね!?私、嘘ついた罪で広場で処刑されない!?」
「へ?ぷぷっ。あーはっはっは!なにそれ、おかしい!」
「なんで笑うのミーユ!?こっちは命懸けだったのに!」
「だって、もしそうなって大砲撃たれても、エルンは無敵じゃん?」
いや、さすがに大砲の直撃は物理的に無理だよミーユ……うぅ……想像しただけで胃が痛くなってきた。
「でも安心して。私が絶対にそんなことさせないから!エルンの事は、私が護る!」
太陽のように明るく笑うミーユ。その屈託のない笑顔を見た私は、もう難しいことを考えるのをやめることにした。とりあえず、本当に良かった。
「ミーフィルユ様。お話はそのくらいで」
「あ、サリア。そだね。……コホン。改めて……この度はわたくし、ライゼンバッハ帝国第三皇女ミーフィルユ=ライゼンバッハと侍女のサリアをお救いいただき、心より感謝いたしますわ」
するとミーユとサリアさんは改めてこちらに向き直り、見えないドレスの裾を優雅に持ち上げるようにして、王族特有の美しく完璧な挨拶、いわゆるカーテシーをして見せた。
その洗練された所作はまさしく気品ある王族そのもの……だったんだけど。泥だらけでボロボロの服を着て、顔に煤までつけたミーユがそれをやっているのが、あまりにも不似合いで滑稽すぎて……私は耐えきれず、盛大に吹き出してしまった。
「あはははっ!ますわ、って!もうダメ!今のミーユ、無理して王族の真似してる一般人みたい!」
「ちょっとエルンさん……ふふっ、笑うのは失礼ですって……ぷふっ」
「なんでエルンとアティは笑うの!?これでも私、本物の王族なんだからね!?あーっ、待て逃げるなぁ~!」
村の広場で追いかけっこを始める私たち。そんな騒がしい様子を、ブレイドさんとサリアさんが少し離れたところから保護者のような顔で見守っている。
「全くあいつらは……緊張感のない子供か」
「ふふっ。お互い、お世話が大変ですね?心中お察しします。でも……あんなに心から楽しそうに笑うミーフィルユ様は、お城でも見たことがありません。本当に、いい仲間に出会えたんですね……」
そう言って、サリアさんは自分が身を呈して仕えてきた親愛なる少女を見て、安堵の微笑みを浮かべながら呟いた。
何のしがらみもなく、ただ自由に生きたい。
それは、かつて鳥籠の中にいた少女の、あまりにもささやかな、そして何よりも尊い願い。
日が昇り始めた美しい朝焼けの空には、その少女の新たな門出を祝福するかのように、鳥たちが群れをなして、遠くの空へとどこまでも自由に羽ばたいているのだった。




