10. 【ミーユ視点】孤独を恐れた私の後悔と暗闇を裂く白銀の斬撃
10. 【ミーユ視点】孤独を恐れた私の後悔と暗闇を裂く白銀の斬撃
-黒蠍のアジト-
薄暗く、ひんやりとしたカビと鉄の匂いが充満する洞窟の奥深く。
私は、肺が破けそうなほどの息苦しさに耐えながら、ゴツゴツとした岩肌を蹴って奥へ奥へと走っていた。普段の依頼なら絶対に息なんて切らさないのに、足は鉛のように重く、心臓は早鐘のように鳴り続けている。
神格スキル『鷹の目』を限界まで酷使し、透視した先の映像を頼りに辿り着いた私の視界に……信じられないほど残酷な光景が飛び込んできた。
「きゃっ……!」
「いい加減、ライゼンバッハの秘密をはけ。オレは知ってるんだよ。その秘宝があるお宝を守っていることを」
胸元にアクアマリンのペンダントを身に着けた女性は、盗賊の頭であるアルザスから何度も顔を殴られ、腹を蹴られるなどの容赦ない暴行を受けていた。すでに着ている服はボロボロに破れ、美しい銀糸の髪は泥に塗れ、額からは痛々しい赤い血が流れている。
それでも、彼女は決して口を開かなかった。
ギリッと唇を噛み締め、痛みに耐えながら、毅然とした強い態度で盗賊を睨みつけている。彼女が口を割らないのは、それがライゼンバッハ帝国の為になるからだ。
そして何より……国を捨てて逃げた身勝手な『私』を、最後まで護る為に。
「ったく、もう疲れたぜ。拷問しても無駄なら、一思いにこの槍で心臓をひと突きにしてやるか。悪く思うなよ、第三皇女様?」
アルザスが忌々しげに舌打ちをし、冷たく光る槍の穂先を彼女の胸元に向けた。彼女は抵抗する素振りも見せず、ギュッと目を閉じて静かに死を覚悟した顔をした。
(ダメだ。あの人さえ幸せに生きてくれるなら、私は身代わりになる……)
声には出していないはずの、彼女のそんな悲痛な決意が聞こえた気がした。胸の奥が張り裂けそうになる。私のせいで。私の身勝手な鳥籠からの逃避行のせいで、私を誰よりも大切にしてくれた彼女が死のうとしている。
「オレの邪魔をするなら死ね!」
「やめてえぇっ!!その人に手を出すなっ!!」
私は無我夢中で物陰から飛び出し、腰のホルスターから魔導銃を引き抜いて引き金を引いた。
鼓膜を揺らす大きな銃撃音が洞窟内に響き渡る。放たれた『睡眠の弾丸』は彼女を取り囲んで下劣な笑いを浮かべていた数人の手下たちに次々と命中し、彼らは声を発する間もなくバタバタと崩れ落ちた。
「おい、どうした!?……ん?これは……弾丸だと?」
突然倒れた部下たちを見てアルザスが振り返る。私は間髪入れずアルザスへ向けて追撃の引き金を引いたが、彼は野獣のような反射神経で槍を振るい、火花と共に金属音を鳴らして銃弾の軌道を容易く弾き飛ばした。
「はぁ……はぁ……その人から、離れろ……っ!」
「ほう。なんだお前?この皇女を助けにでもきたのか?」
銃弾を弾かれた直後、私は無我夢中で駆け出し、傷ついた彼女の前に立ち塞がった。息を切らして銃を構える私を見て、アルザスが不気味に目を細める。
良かった。彼女は酷い怪我を負っているみたいだけど、最悪の事態には間に合った。一生後悔するところだった。
でも、やはり私はダメだ。一人で全てを背負う覚悟を決めたはずなのに。恐怖で足がガクガクと震えている。
「ふんっ、小娘一匹がオレの邪魔をするなら……死ね!」
「!?」
アルザスが地を蹴り、その素早い槍が私ごと串刺しにしようと一直線に襲いかかる。
速い。それは純粋な殺意だけを乗せた一撃。薄暗い洞窟の中で、槍の穂先がギラリと死神の鎌のように光る。
私に、それをかわせるだけの身体能力はない。
私は反射的に、背後の彼女を庇うように強く抱きしめて盾となった。
ズブッ……ゴキッ。
肉を裂き、骨を削るひどく鈍い音が響き、私は無惨にもその凶悪な槍で肩と腹部を立て続けに貫かれた。
「あ……ぁ……っ」
熱い。そして、気が狂うほどに痛い。こんなに恐ろしくて鋭い痛みを感じたのは、生まれてはじめてだった。あまりの激痛に足から急激に力が抜け、私はその場にガクンと崩れ落ちた。
「ミーフィルユ様!?」
「ああ?」
自身の痛みには決して声を上げなかったその人が、血まみれの顔で大きく目を見開き、悲鳴のように私の本当の名前を呼んだ。
私のワガママに付き合わせて、痛くて怖い思いをさせてゴメンね。でも、間に合って良かった。
皮肉なものだよね。お城という窮屈な世界にいて、外を自由に飛び回る鳥に憧れた箱入り娘の私が、『鷹の目』なんて遠くを見通すスキルを持っているんだから。もっと強くて、戦えるスキルだったら良かったのに。
「……ゴメンね、サリア。約束、守れなかったよ……」
「ミーフィルユ様!?しっかりしてください!私は許しませんよ。勝手に約束を破って助けに来て、こんな所で勝手に死ぬなんて!」
「おいおい。なるほどな……そこの血まみれのピンク髪のお前が、本物の第三皇女だったのかよ?こりゃ傑作だぜ。そっちの女は影武者だったってわけか!」
アルザスがニヤリと口端を歪め、下品な笑い声を上げる。
ああ……私はなんてバカなんだろう。意地を張って、仲間を信じることが出来なくて。
エルンにブレイド、そしてアティに。本当の事を打ち明けて『助けてほしい』と頭を下げていれば、きっとあのお人好し達は文句を言いながらも一緒に来てくれたはずだ。
孤独を恐れて嘘をついた結果がこれだ。もう私を助けてくれる人はいない。
「まぁいい。どっちが本物でも、王家の秘宝さえ手に入れば同じことだ。2人まとめて串刺しにして死にやがれ!!」
アルザスが槍を大きく振り上げた。
(……ごめんね、エルン。私、最強無敵のパーティーにはなれなかったよ……)
心の中でたった一人の親友に謝罪し、死を覚悟してギュッと目を閉じた、その時だった。
――ヒュッ、と。
洞窟内の空気が一瞬にして吸い込まれたような、異様で、張り詰めた静寂。
「真空破斬っ!!!」
直後、洞窟の暗闇を真っ二つに裂くように、聞き慣れた凛とした声が響き渡った。凄まじい威力を秘めた白銀の魔法斬撃が、圧倒的な光となって私たちの視界を眩く染め上げた。




