7. 【ミーユ視点】覚悟を決めたはずだったのに……
7. 【ミーユ視点】覚悟を決めたはずだったのに……
暗く湿ったザルガン洞窟での銅鉱石の採掘を終え、私とアティは無事に目的の品を手に入れて外の光を浴びていた。
道中での魔物との戦闘も難なくこなし、重い鉱石を背負って歩いてくれたアティのおかげで、依頼はスムーズに終わった。
「ふぅ……重労働でしたね。でも、これで依頼は完了です!」
額の汗を拭いながら、アティが嬉しそうに笑う。
その真っ直ぐで無邪気な笑顔を見て、そして洞窟に入る前に彼女が私にかけてくれた優しい言葉を思い出して、胸の奥にチクリと申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
私が思っていた以上に、私の中で『今のパーティーの存在』が大きくなっているんだね。
あの時……
私は、自分のすべてを捨てる覚悟を決めたはずなのに。
(これは2人だけの秘密ですわよ?許可なく王家の秘宝を渡したとなると、お父様に酷く叱られてしまいますから)
(それなら、許可を取ってから……いえ。あなた様がこんな何もないただの侍女の私に、そんな大切な物を贈られる時点で気づくべきでしたね。それにあなたは、昔からそういう人ですから)
(いいのよ。あなたは昔からそうだったわ。わたくしの無茶なワガママに、幾度となく文句を言いながらも付き合ってくれた……だから、何があってもこれは2人だけの秘密ですわよ?)
(……はい。もちろんです)
(ねぇ……わたくしね……外の世界を見てみたいですわ。あの鳥のように何も縛られることなく、自由に……)
(そうですね。こんな窮屈な部屋ではなく、いつか一緒に外の世界に行きましょう)
「……さん。ミーユさん!」
「あっ……ゴメン。なに?」
私はアティに大きな声で呼ばれ、大切で痛い思い出の中から現実の世界に引き戻される。私は悟られないように、ブンブンと左右に首を振り、平静を保つ。
なんでこんな時に、あの日の記憶を思い出してしまうんだろう……。
「大丈夫ですか?凄く顔色が悪いですよ。少し木陰で休みましょう。私、そこの湧き水でお水を汲んできますね!」
「え。大丈夫だよ。って……行っちゃった……」
アティはそういうと、私の返事も聞かずに水筒を持って走って行ってしまう。私はその場で一人になり、言われた通り涼しい木陰を探してそこに腰を下ろした。
私はふと、木々の隙間から空を見上げる。
青空には白い雲が流れ、鳥たちがその翼を広げて自由に飛んでいる。そんなのどかな光景とは真逆で、今の私の現状は息が詰まるほど苦しい。もちろん、それが全て自分のついた嘘と身勝手な行動のせいだと言うのも分かっている
……凄く、窮屈だ。
「はぁ……私、何してるんだろう。一体何がしたいのかな」
ふと、自嘲気味な本音が口から漏れてしまう。
自分の正体を隠し通すのなら、ギルドになんて入らなければよかった。エルンたちみたいな、お人好しで優しい人たちに会わなければよかった。
やっぱり私はズルい。心の何処かで『最強無敵のエルンが何とかしてくれる』と、甘えて信じているのかもしれない。でも、私が国を飛び出した本当の理由を知ったら、絶対にこのままの対等な関係ではいられないのに。
自己嫌悪に陥っていると、冷たい水を汲んできたアティが戻って来る。
「ミーユさん。お水です。冷たくて美味しいですよ」
「あっ、ありがとうアティ」
「いえいえ」
喉を潤す間、私たちの間に静かな沈黙が流れる。アティは私に何も聞いてこない。それがどういう優しさかは分かる。アティは、私が自分の口から話してくるのを待ってくれているんだ。エルンも、口の悪いブレイドも、きっとそうだ。
でも、ゴメンね……。
やっぱり、言えないよ……。
あの時、私は覚悟を決めたんだから。
この秘密はずっと墓場まで隠していく。私は、仲間の優しさに甘えるズルい女だ。
「さて、お水のおかげでもう大丈夫だよ。ありがとうアティ。それじゃ、ギルドへ報告に戻ろうか!」
「あっ、はい。ミーユさん待ってください~」
私は無理やり元気よく立ち上がる。それにつられてアティも慌てて立ち上がり、二人で並んで王都への帰路を歩き始めた。
ギルドに戻ると、いつものテーブル席にエルンとブレイドがいる。私たちの帰りを待っていてくれたんだね。また何か言い合っているみたいだけど。
この2人はいつも喧嘩というか、じゃれあっているように見える。一部では歳の離れた恋人とか噂されているけど、どっちかって言うと『家族』と言ったほうが正しいかもね。口は悪いけど、すごく仲がいい不器用な『家族』。
そんな時、私たちが帰ってきたのに気がついたエルンが笑顔で手を振ってきた。
「あっ、ミーユ、アティお帰りなさい!」
「うん、ただいま」
「疲れましたぁ~、もうハンマーが重くて一歩も歩けません~」
「あっ、私、ルナレットに先に報告してくるから休んでて」
私はそのまま受付に向かい、ルナレットに依頼完了の報告をする。その時だった。ギルド掲示板の前に群がっていた他のギルド冒険者たちから、耳を疑うような会話が聞こえてきた。
「おい聞いたか!?ライゼンバッハ帝国の皇女探しの懸賞金が、100万から一気に『200万G』にはね上がったらしいぞ!」
「ああ。しかも超有力な情報で、西のゴーバーン村の近くで『ライゼンバッハの秘宝のアクアマリンのペンダント』をした女が目撃されたんだろ?」
「!?」
「西のゴーバーン村って、クラグ山の中だろう?あそこは『黒蠍』って呼ばれてる危険な山賊や盗賊の複合集団の縄張りじゃないか。騎士団も手こずってるらしいし、絶対に行きたくねぇよな。それに情報も出回ってるし、これだけ懸賞金が急にはね上がってるのを見ると、もしかしたら……もう『黒蠍』の連中に捕まってるのかもな」
なんで……。
なんで、そんなことに……っ。
ドクンッ、と心臓が破裂しそうなほど嫌な音を立てた。全身から一気に血の気が引き、指先が氷のように冷たくなってガタガタと震え出す。周囲の喧騒が、遠くのノイズのように遠ざかっていった。
「はい。これで納品の受理完了ね。お疲れ様。ん? どうしたのミーユちゃん?顔色が真っ青だけど……」
「あの!その報酬、エルンに渡しておいて!私、急ぎの用事を思い出しちゃって。お願いねルナレット!」
「あっ、ちょっとミーユちゃん!?」
ルナレットの制止の声も聞かず、私はギルドを飛び出して無我夢中で走り出していた。
お願い、どうか無事でいて。まだ何も起きていないで。お願いだから!
◇◇◇
(えっ!?お城を抜け出す!?)
(えぇ。わたくし、あなたの故郷であるローゼンシャリオ王国に行きたいと思っていますの。ダメかしら?)
(……なら、約束してください。もしお城の追手があなた様を探しに来ることがあったら、このペンダントを使って《《私が》》身代わりになります。その時は、あなた様は絶対に逃げると。いいですね?)
王都を出て、どれだけ走っただろうか。肺が焼け付くように痛い。息が切れる。お城の中で大切に育てられてきた私が、生まれてからこんなに走ったことなんてない。
足にマメができ、木の枝で頬が切れようと、それでも助けに行かなくちゃ。
険しいクラグ山にたどり着いた私は、失明のリスクも構わずに神格スキル『鷹の目』を限界まで酷使し、山中を透視した。ズキズキと眼球が焼け焦げるように痛む。だが、やがて私の視界に映し出された情景には……薄汚れた山賊たちに囲まれ、傷つきながらも捕らえられている『たった一人の大切な親友』の姿があった。
「はぁ……はぁ……待ってて、今、助けに行くから……!」
私の身代わりになってくれた彼女を、見殺しになんて絶対にできない。今度は私が、あの人を絶対に護る!
私は腰の魔導銃を強く握りしめ、ボロボロになった両足に残された全ての力を振り絞って、親友の元へと駆け出した。




