↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の絶対安眠防衛戦~奴隷紋をハックして究極のヒモになったはずが、元宿敵のブラック労働から逃げられない~  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/57

【第9話】名ばかり管理職の初めての残業と、未払い手当の督促

【第9話】名ばかり管理職の初めての残業と、未払い手当の督促


 領主の館、薄暗い客室。

 破壊された『監査結界』の残存エネルギーを利用した床暖房が、足元から快適な熱を供給している。究極の安眠環境が整ったというのに、大賢者ゼロスの両目は血走り、その下には真っ黒なクマが刻まれていた。


「……3万4500、11。3万4500、12……」

 彼の視界を埋め尽くすのは、宙に浮かぶ無数の半透明なウィンドウ(電子羊皮紙)。

 そのすべてが『防衛最高責任者』の決裁を待つ行政タスクである。


「なんで……! なんで一つ一つの書類に、いちいち俺の固有魔力を流し込んで『承認』のサイン(ハンコ)を押さなきゃいけないんだ! 一括承認機能(バッチ処理)くらい実装しておけよ!」

 ゼロスはパジャマの袖をまくり上げ、虚空に向かってひたすらに指を突き出し続けていた。

 部屋の隅の長椅子では、主であるヴィクトリアが優雅に紅茶を傾けている。彼女の呼吸はまだ浅く、無理な魔力行使による内部出血のせいで、カップを持つ指先は氷のように白く震えていた。だが、ゼロスを見つめる眼光だけは絶対零度の支配者のそれだった。


「文句を言わない。王国の行政システムは、責任者の『主体的意思』による決裁を求めているの。ハンコ(魔力印)を斜めに傾けてお辞儀させるような、古き良き礼儀作法が組み込まれているのだから」

「デジタル化の意味がないだろうが! こんな単純作業、マクロを組んで自動化(RPA)してやる!」


 ゼロスは脳内のリソースを割き、指先の魔力放出をループさせる極小の自動化コードを書き上げた。


---

【結界改竄アラート】

[System] 連続承認処理(マクロ)の実行を検知。

[Error] 『建国王の血璽』プロトコルに違反。

[Warning] 決裁印には、責任者の生体魔力と【主体的意思】が都度必要です。

[Process] 自動承認マクロを強制ブロック。

[Penalty] ペナルティとして、未決裁タスクを『100件』追加します。

---


「増えたあああッ!? なんでだよ! 効率化を図ったら罰則が与えられるっておかしいだろ! どんだけ旧態依然としたシステムなんだよ!」

 ゼロスが頭を掻きむしって絶叫した、その時だった。


『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』

 首元の奴隷紋が、内部決裁とは違う、外部からの強烈な通信コールを受信した。

 回線の向こう側――魔界の執務室から、新魔王ザガンの悲痛な声が響き渡る。


『おい、昨日のサポートデスク(社畜)! いるか!』

「サポートデスクじゃねえ! 今は名ばかりの防衛最高責任者だ! なんだよ、こっちはハンコ押しで腱鞘炎になりそうなんだぞ!」

『それどころではない! 昨日のDDoS攻撃(ロマン魔術の乱発)の件だ! 現場に出向していた魔族たちが、労働組合を結成しおった!』


 ザガンの切羽詰まった声に、ゼロスの指がピタリと止まる。

「……労働組合?」

『そうだ! 「昨日の攻撃は午後10時を回っていた。深夜割増手当の25%増しと、過重魔力労働による特別危険手当を支給しろ」と要求してきている! 払わなければ辺境での土木作業をストライキすると言っているのだ! 貴様が「無駄に詠唱を長くしろ」などと煽るからだぞ!』


 ゼロスは天を仰いだ。ファンタジーの世界で、なぜ残業代の労使交渉などという生々しい不条理に巻き込まれなければならないのか。


「知るか! 俺に予算の決裁権限なんかねえよ! 権限はないのに責任だけ押し付けられてるんだ!」

『私にだって予算はない! 前魔王が残した備品管理の予算書が細かすぎて、どこから捻出すればいいのかサッパリわからんのだ! どうにかしろ!』


 大賢者と新魔王が、次元を超えて「未払い残業代」の責任を押し付け合う。

 その不毛な通信の間に、氷のように冷たい声が割り込んだ。


「……随分と、景気のいい話をしているじゃない」

 いつの間にかゼロスの背後に立っていたヴィクトリアが、通信網(ネットワーク)の帯域を物理的に鷲掴みにする。

『ひっ……! ぜ、前魔王!?』

「深夜割増手当が欲しいなら、くれてやるわ。ただし、自分たちの手で毟り取りなさい」


 ヴィクトリアは血の気のない唇を歪め、窓の外――荒野の彼方を指差した。

「……あれを見なさい、大賢者。そして新魔王」


 ゼロスが窓枠に手をつき、目を凝らす。

 夜明け前の薄暗い地平線の向こうから、異様な集団が土煙を上げて行軍してくるのが見えた。

 巨大な十字架を掲げ、純白の法衣に身を包んだ者たち。その足並みは狂気的なまでに揃っており、彼らが踏み歩くたびに、周囲の空気が「正義」という名の重圧で軋みを上げる。


「な、なんだあいつら……」

「神聖教国ヴァレリウスの『無痛十字軍』。……王都の監査結界が崩壊したことを聞きつけ、異端であるこの領地を、物理的に更地(パージ)にしに来たのよ」

 ヴィクトリアの喉から、ゴボリと嫌な音が鳴る。だが彼女の瞳は、狂ったような戦意に満ちていた。


「ザガン、魔族たちに伝えなさい。あの十字軍の持ち物、身ぐるみすべて剥いで売れば、深夜割増手当どころかボーナスまで出るわよ、と」

『な、なるほど……! 現地調達(略奪)というわけか! さすがは前魔王、血も涙もない!』

「ゼロス。貴方は防衛最高責任者として、魔族と連携して彼らを殲滅する戦術(プロジェクト)を立案・指揮しなさい。納期は今日の正午よ」


 ザガンとの通信が切れ、静寂が戻った客室。

 大賢者は、迫り来る狂信者たちの軍勢と、視界にまだ3万件以上残っている決裁タスクのウィンドウを交互に見比べた。


「……労基……誰か、労基を呼んでくれええええッ!」

 昇進の翌日に、未払い残業代の対応と、異端審問官との戦争(デスマ)を同時に押し付けられた大賢者の悲鳴が、夜明けの辺境に木霊した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。