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大賢者の絶対安眠防衛戦~奴隷紋をハックして究極のヒモになったはずが、元宿敵のブラック労働から逃げられない~  作者: あめたす


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【第10話】無痛十字軍と、狂気の外部委託

【第10話】無痛十字軍と、狂気の外部委託(アウトソーシング)


 夜明けの荒野を、不気味な地鳴りが震わせていた。

 神聖教国ヴァレリウスが誇る『無痛十字軍』。純白の法衣を纏った数千の兵士たちは、一切の痛覚と恐怖を特殊な教義(システム)によって切断されている。

 彼らはただ「異端の浄化」という目的のみで動く、感情を持たない肉の機械だった。


「突撃だァァ! あいつらの鎧も剣も、全部俺たちの未払い残業代だ!!」

 迎え撃つのは、新魔王ザガンの号令(決裁)を受けた魔族の労働組合員たち。

 目を血走らせ、口から涎を垂らしながら、魔族たちは鈍く光る十字軍の装甲へ群がっていく。だが、無痛十字軍は腕を切り落とされようが表情一つ変えず、淡々と神聖魔法を詠唱し、無慈悲な光の波で魔族たちを薙ぎ払っていく。


「……厄介ね」

 館のバルコニー。冷たい風に打たれるヴィクトリアの呼吸は浅く、小刻みに震えていた。

 血を吐きすぎたせいで、視界の端には常にノイズが走っている。ドレスの裾を強く握り込む氷のような指先。彼女は痛覚のない軍隊の恐ろしさを、前世の魔王としての記憶から熟知していた。


 だが、この絶望的な戦場から少し離れた客室で。

 別の意味で死にかけている男が一人いた。


「……3万4498、3万4499……終わらない。どう計算しても正午の納期までにこの決裁書類(タスク)が終わらないッ!」

 大賢者ゼロスはパジャマ姿で頭を抱え、宙に浮かぶ無数の行政タスクウィンドウを血走った目で睨みつけていた。

 労働組合からの要求書、魔族のシフト表、領地のインフラ整備の稟議。防衛最高責任者としての「主体的意思」を伴う魔力承認が、あと3万件以上残っている。


「俺の脳をマルチコアで回しても間に合わない……どこかに処理能力を持て余している外部リソース(CPU)はないのか……!」

 ギリギリと歯を食いしばりながら窓の外を見たゼロスは、ふと、行軍する無痛十字軍の動きに目を留めた。

 痛覚がない。恐怖がない。数千人が、まるで一つの巨大な意志を共有しているかのように完全に同期している。


「……共有ネットワーク? まさかあいつら、痛覚信号を遮断するために、数千人の脳を並列接続して巨大な仮想領域(クラウド)を作ってるのか?」

 ゼロスの網膜に、狂気的なひらめきが走った。

「痛覚をシャットアウトしている分、あいつらの脳内メモリには膨大な『空き容量』があるはずだ。なら……そこに俺のタスクを流し込めばいい!」


 ゼロスは即座に奴隷紋の通信経路を拡張。

 極小の魔力で十字軍の『信仰ネットワーク(共有脳)』のバックドアをこじ開け、自身に溜まりに溜まった3万件の行政タスク(稟議書データ)を一気にアップロードした。


---

【結界改竄アラート】

[System] 外部ネットワーク(神聖教国・信仰リンク)への接続を確立。

[Process] 未決裁タスク34,102件を外部脳(クラスタ)へ強制ルーティング。

[Update] 承認プロセスの外部委託(アウトソーシング)を開始します。

---


 荒野の中央で、異変が起きた。

 剣を振り下ろそうとしていた無痛十字軍の兵士が、突如として白目を剥き、硬直したのだ。

 彼らの脳内に、神の啓示ではなく、全く別の声(データ)が響き渡っていた。


『魔族Aの深夜割増手当(25%増)、および危険手当の支給について承認しますか? [Yes / No]』

『第4農区の用水路拡張工事に伴う、資材発注の第4書式Bを確認してください』


「な、なんだこれは……!? 異端の幻術か……いや、数字が……細かすぎる経費精算の計算式が頭の中に……ッ!」

 痛覚を持たない無敵の兵士たちが、突然頭を抱えて次々と倒れ込み始めた。

 彼らの脳は、魔王城の細かすぎる備品管理や、魔族の労務管理といった「極限の事務処理(官僚主義)」を強制的に演算させられ、情報の波(スタックオーバーフロー)に耐えきれずショートしたのだ。


「おいお前ら! 立ち止まるな! 正午までに全部の書式に目を通せ!」

 館の窓から身を乗り出し、ゼロスがブラック企業の社長のような怒号を飛ばす。

「俺は今日、絶対に昼寝をするんだ! 休むな! 脳の空き領域(リソース)を全部事務処理に回せえええ!」


 剣と魔法の死闘が繰り広げられるはずの戦場は、数千人の狂信者たちが「経理と労務の書類処理」に脳を焼かれて泡を吹いて倒れるという、不条理極まりない空間へと変貌していた。

 痛覚のない軍団は、魔術の炎ではなく、過重なデスクワークによる「行政の過労死」によって壊滅した。


「……ふふっ、あははははッ!」

 バルコニーに立つヴィクトリアは、冷え切った指で顔を覆い、凄惨な笑い声を上げた。口から滴る血を拭うことも忘れ、腹の底から湧き上がる男への異常な執着に打ち震えていた。

(本当に、規格外……。神の軍勢を、ただの『外部計算機』として使い捨てるなんて)


『ビーッ! ビーッ!』

 十字軍が全滅(タスク処理完了)した直後、ゼロスの視界に軽快なポップアップが展開された。


[System] 全行政タスクの処理完了を確認。

[Update] インフラと防衛体制の完全最適化により、当領地は『独立都市国家』へと昇格しました。

[Notice] 防衛最高責任者の管轄エリアが【国家レベル】に拡張されました。新規タスク150,000件を受信しています。


「……は?」

 有能な外部委託(アウトソーシング)によって業務を劇的に効率化しすぎた結果、会社(領地)の規模が急拡大し、要求される業務量が前日の5倍に跳ね上がるという完璧なロジック。


「いやああああッ! もう嫌だあああああ!」

 究極の安眠を求める大賢者の絶叫が、美しい朝焼けの空に虚しく木霊した。


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