【第11話】国家予算のクラウド利用料と、完璧なる冷徹
【第11話】国家予算のクラウド利用料と、完璧なる冷徹
領主の館、客室。
無痛十字軍を事務処理で壊滅させ、領地を「独立都市国家」へと昇格させた大賢者ゼロスは、新たに降り注いだ15万件の行政タスク(決裁書類)のウィンドウに囲まれ、虚無の瞳で虚空を見つめていた。
「……無理だ。俺一人の脳内リソースじゃ、どう並列処理しても3年は徹夜になる」
ゼロスは血走った目をこすり、深いクマの刻まれた顔を上げた。
「こうなったら、外部サーバー(クラウド)を増設するしかねえ」
彼は奴隷紋の通信経路をハッキングし、再び魔界の執務室へと強制コールを飛ばした。
『……また貴様か! 私は今、無痛十字軍から剥ぎ取った装備品の売却ルート選定で忙しいのだ!』
通信の向こう側で、新魔王ザガンが怒鳴る。
「いいから聞け。お前のところにいる魔族たち、夜は寝てるよな?」
『は? 当然だ。魔界は今、深刻なカロリー不足でな。皆、無駄な体力を使わぬよう、死んだように眠っている』
「好都合だ。その寝ている魔族全員の脳の『待機電力』を、俺のタスク処理用の分散サーバー(グリッドコンピューティング)として貸し出せ」
『……は? 貴様、ついに頭が狂ったか? 魔族の脳を並列接続して計算機代わりにだと!? そんな悪魔のような提案に乗るわけが――』
「独立都市国家の国家予算から、毎月定額でクラウド利用料を外貨で振り込む。額面はこれだ」
『……直ちに回線を開く。魔界全土の睡眠リソースを好きに使え』
予算という名の圧倒的な暴力の前に、魔王のプライドは一瞬で崩れ去った。
ゼロスは指先で極小の魔力を弾き、魔界のネットワークと自身の奴隷紋の帯域を結合させる。
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【結界改竄アラート】
[System] 外部ネットワーク(魔界)とのVPN接続を確立。
[Process] 睡眠中の魔族12万体の脳波を並列化。仮想演算領域を構築します。
[Update] 未決裁タスク150,000件の分散処理を開始。
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「よし、一気に処理速度が上がった! ……おいザガン、ノード番号4092のパケットロスが酷いぞ! そいつ寝相が悪くてLANケーブル(魔力線)抜けてんじゃないのか!? ちゃんと通信環境を整備しろ!」
『知るか! サーバーの保守点検まで月額料金に含まれているとは聞いておらんぞ!』
国家の命運を懸けた業務が、ただのITインフラのクレーム対応に成り下がっていた。
だが、その狂った日常を、氷のような現実が唐突に切り裂く。
――辺境の空が、完全に「閉ざされた」。
バルコニーに立っていたヴィクトリアは、強烈な気圧の変化に肺を軋ませた。
見渡す限りの地平線を、青白い完全な立方体のグリッド線が覆い尽くしている。
王都の方角。整然と並ぶ新体制の軍勢の先頭に、白亜の軍服を纏い、感情を完全に排した無機質な瞳を持つ男――クロノスが立っていた。
「辺境のイレギュラー。数式のノイズ。……これより、不要な変数を消去する」
クロノスが手にした【演算宝珠(完全版)】が、冷たい光を放つ。
「『絶対数理結界』。外部からのあらゆる物理・魔力干渉を遮断し、内部の酸素と魔力を規定値まで削減する」
ヴィクトリアの喉の奥から、ヒュッと甲高い音が漏れた。
息が、吸えない。
空間内の酸素濃度が、数式によって強制的に下げられているのだ。
「……舐める、な……ッ!」
ヴィクトリアは氷のように冷え切った指先で虚空を掻き毟り、泥の魔力圧縮陣を展開しようとする。だが、放たれた魔力は結界の壁に触れた瞬間、数式によって「ゼロ」へと変換され、霧散してしまった。
完璧なロジック。一切の泥臭さを許容しない、純粋な殺意。
毛細血管が破裂し、ヴィクトリアの口から赤黒い血が大量に溢れ落ちる。服が重く擦れる音だけを残し、彼女は膝から崩れ落ちた。
同時刻、客室。
「おい、なんだこの気圧低下は!? 耳がキーンってするぞ!」
異変を察知したゼロスは、すぐさま結界のシステムコードを読み解こうと指を伸ばした。
しかし、彼の視界には絶望的なポップアップが展開された。
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【結界改竄アラート】
[Error] 外部からのシステム干渉を検知。
[Warning] 防衛最高責任者の未決裁タスクが『残り3,412件』残存しています。
[Fatal] 業務未完了のため、結界への【管理者権限】がロックされています。
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「はあああッ!?」
ゼロスは血走った目で宙を睨みつけた。
「ふざけんな! ここで権限ロックだと!? あと3千件残ってるんだぞ! なんでこんな時に限って、魔族どもが第4書式Bの印鑑の位置を間違えて差し戻し(エラー)を出してくるんだよ!!」
呼吸が苦しくなっていく部屋の中で。
大賢者は、結界を壊すためではなく、「差し戻された稟議書にハンコを押し直す」ために、必死で仮想ウィンドウを叩き続けるという究極の不条理に叩き込まれていた。




