【第7話】合法的なサボりと、ロマン魔術
【第7話】合法的なサボりと、ロマン魔術
辺境の空を覆う『監査結界』が、青白い光から、危険な赤黒い光へと変貌していく。
それは、結界の処理システムが「この領域の非効率エラーは許容量を超えた」と判断し、辺境そのものを初期化する【完全消去モード】へと移行した合図だった。
原因は明らかだった。
荒野で用水路工事をさせられていた魔族たちが、空から降り注ぐ光の矢(罰則)に対して、魔界特有の無駄に派手で燃費の悪い魔法を乱れ撃ちし始めたからだ。
「我ら魔界の誇りにかけて! 燃え盛れ、終焉を告げる暗黒の嵐!!」
巨大な角を持つ魔族が、無駄に大仰なポーズを決めて長大な詠唱を叫ぶ。だが、放たれたド派手な黒炎は、光の矢を数本打ち落とすだけで霧散した。
出力に対する魔力消費のコスパが、絶望的に悪い。
『――警告。非効率な魔力行使をさらに検知。生産性評価:G。排除プロトコルの処理キューを追加します』
無機質な声と共に、結界から新たな光の矢が数十本単位で生成されていく。
「……馬鹿な連中ね」
ヴィクトリアの唇から、生温かい血が伝い落ちた。
彼女は大地に両手をつき、極限の魔力圧縮陣を展開して領民と魔族たちを光の矢から庇っていた。脆弱な肉体の中で、細い血管が次々と千切れていく。浅く乱れた呼吸をするたびに、錆びた鉄の匂いが鼻腔を突き抜ける。服が擦れる音さえ痛ましく響くが、彼女は決して膝を突かなかった。
一方、館の客室。
合法的なサボり(高負荷演算処理の偽装)を成功させ、ベッドで二度寝を満喫しようとしていた大賢者ゼロスは、窓の外の惨状に頭を抱えていた。
「あの結界は『無駄を検知して罰則を下す』システムだ! お前らが非効率な魔法を使えば使うほど、パージの圧力が上がるんだよ!」
このままでは、ヴィクトリア(安定した衣食住の提供者)が消滅してしまう。
ゼロスは舌打ちし、すぐさま奴隷紋の通信経路をハッキング。先日偶然繋がった「魔界の執務室」の帯域へと、強制的に緊急コールを飛ばした。
『……なんだ!? 私は今、四半期の予算編成で胃の粘膜が削れそうなんだぞ!』
「呑気なこと言ってんじゃねえ、新魔王! お前のところの出向社員(魔族)が、現場で勝手に無駄なロマン魔術を乱発してエラーを引き起こしてるぞ!」
通信の向こう側で、ザガンがガタッと椅子を立ち上がる気配がした。
『はあ!? 奴らめ、大魔術の使用には第4書式Bの稟議書に私の決裁印が必要だと言ったはずだ! 魔力コストがどれだけかかると思っている! 今すぐ使用を差し止めろ!』
「いや、逆にしろ。お前の権限で、今すぐあいつらに『最も詠唱が長くて無駄にエフェクトが派手な魔術』の無制限使用許可を出せ」
『貴様、正気か!? そんなことをすれば魔界の予算がパンクする!』
ゼロスは血走った目で天井の赤黒いグリッド線を睨みつけながら、早口で事務的な屁理屈を叩きつける。
「いいか、相手のシステムは『すべてのエラーを検知し、個別処理する仕様』だ。だったら、処理しきれないほどの膨大なエラー(無駄)を意図的に送り込めば、向こうのサーバーがパンクしてクラッシュする。実質的なDDoS攻撃だ」
『な……なるほど。相手のシステム仕様の穴を突くのか。だが、事後稟議で残業代(魔力補充)を請求されても困るのだが……』
「ケチケチすんな! ここで出し惜しみしたら、お前の可愛い部下もろとも消し炭だぞ! 責任者なら腹括って決裁印押せ!」
『……ええい、わかった! 特別承認だ!』
ザガンの悲痛な叫びが、ゼロスを経由して荒野の魔族たちの脳内に直接響き渡った。
『社長(私)の権限において許可する! 全員、一切の効率を無視し、最も無駄で派手な魔術を全力で展開せよ!!』
「お、おおお! 社長直々の許可が出たぞ! 遠慮はいらねえ!」
絶体絶命の戦場に響き渡る、狂った業務指示。
魔族たちは戸惑うどころか歓喜し、ありったけの「無駄で派手な魔法」を展開し始めた。無意味な魔法陣が空を埋め尽くし、ただ光るだけの閃光が乱舞する。
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【結界改竄アラート】
[System] 未知の非効率魔術を大量検知。
[Process] 罰則プロトコルを起動……対象が多すぎます。処理キューを追加。
[Error] 同時処理数が限界値を突破。メモリリソースが98%に到達。
[Warning] 演算領域に遅延が発生。光の矢の生成に失敗しました。
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結界の赤い光が、不規則に明滅し始める。
大量の「無駄」を裁ききれず、監査結界が論理破綻を起こし始めたのだ。
「よしよし! そのまま無駄な残業(詠唱)を続けろ!」
ベッドの上でガッツポーズを取るゼロス。だが、冷徹な新体制のシステムは、単なるフリーズでは終わらなかった。
『――致命的エラー(スタックオーバーフロー)を確認。これよりフェイルセーフを起動します』
明滅していた結界が、突如として白昼のような眩い光を放ち始めた。
『エラーの個別処理を破棄。辺境第4セクターごと、物理的に【完全消去】します』
「は?」
ゼロスの視界が真っ白に染まる。処理限界を超えた結界は、領域そのものを更地にする最終パージモードへと強引に移行したのだ。
空から巨大な光が降る中、ヴィクトリアは血まみれになりながらも、最後の魔力圧縮陣を頭上に展開していた。
「……あー、クソッ! 在宅勤務の契約だっただろ!」
メシの種が死ぬ。
ゼロスはベッドから這い出し、パジャマ姿のまま毛布を引きずり、舌打ちをしながら館の屋根へと向かって駆け出した。




