【第56話】退職金(ウイルスマクロ)の請求と、システムクラッシュ
【第56話】退職金の請求と、システムクラッシュ
神の絶対的な消去プログラム(死の閃光)が、凄まじい熱と衝撃を戦場に撒き散らした。
だが、その光が収まった後、ゼロスとヴィクトリアは無傷だった。
「……ル、シアン……」
ヴィクトリアが呆然と呟く。
二人の目の前で、正気を取り戻したばかりの親友ルシアンが、全身を黒焦げにして倒れ伏していた。彼は自らの魔力回路(命のコア)を暴走させ、己の肉体を『絶対防壁』に変異させて、神のデリート攻撃を真正面から受け止めたのだ。
「……一生、借金の負い目を感じやがれ」
ルシアンは微かに笑い、そのままピクリとも動かなくなった。
静寂。戦場には、焦げた肉とオゾンの匂いだけが充満している。
ゼロスはパジャマのまま凍りついた大地に膝をつき、倒れた親友を見下ろした。
彼は叫ばない。涙も流さない。
ただ、その呼吸が極限まで静かに、そして『絶対零度』よりも冷たくなる。彼の周囲の空間が、無意識に漏れ出す魔力の圧でメシミシと軋み始めた。
「……愚かな。エラー因子が自ら身を挺したか。無意味な遅延行為だ」
虚空に浮かぶオルディウスが、無機質な声で冷酷に告げる。
「次弾を装填する。今度こそ、その不当契約(奴隷紋)を完全に消去する」
再び神界のネットワークが圧縮され、二発目の死の閃光が放たれようとした、その瞬間だった。
「……退職金(違約金)、きっちり弾んでもらうぜ」
ゼロスの冷え切った右手が、自身の首元――『奴隷紋』の刻印へと伸びた。
「何……?」オルディウスの目が微かに見開かれる。
ゼロスはヴィクトリアの「やめて!」という叫びを無視し、自らの意思で、奴隷紋の物理ロックを強引に引き剥がした(パージした)のだ。
パキンッ、と。
この数ヶ月間、ゼロスの安眠を妨害し、彼を最前線の戦場へと縛り付け続けてきた『首輪』が、完全に粉砕された。
奴隷紋が消滅した瞬間。
ゼロスを縛っていた「直接攻撃不可」や「出力を魔王の防壁に回す」といった全てのプロテクト(枷)が解除される。
かつて魔界を恐怖の底に陥れ、魔王すら単騎で討伐した『大賢者の全魔力』が、一切の制限なく解放された。
「……お前らクソ人事部が、俺の親友(不良債権)を勝手に処理しやがった。だから俺は、自己都合じゃなく『会社都合』で退職してやる」
ゼロスの瞳の奥で、無数のシステムウィンドウが凶悪な赤光を放つ。
「不当解雇の違約金だ。耳を揃えて受け取れ」
ゼロスが放ったのは、物理的な魔術攻撃ではない。
彼は、自ら引き剥がした『奴隷紋の残骸データ』の中に、全魔力を圧縮した「自己解凍型の超特大ウイルスマクロ」を忍ばせていた。
オルディウスが奴隷紋を「削除(吸い込もうと)」したその通信経路を逆流し、神界ネットワークの中枢(ゴミ箱)へ直接、そのウイルスを叩き込んだのだ。
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【結界改竄アラート】
[System] ゴミ箱領域にて、正体不明のアーカイブ・ファイルが強制解凍されました。
[Error] 無限ループ攻撃(DDos)を検知。処理能力が限界を突破。
[Warning] 神界のローカルアバター(オルディウス)のOSが完全にクラッシュしました。
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「ガ、ァァァァァァァッ!?」
感情を排していたオルディウスが、顔を抱えて絶叫する。彼の肉体がノイズに包まれ、そのシステム異常は、上空で待機していたマクシミリアンとフィデリウスにも一瞬で伝播した。
「な、何事だ!? 私の魔力が……ッ!」
「……エラー。システム障害……再起動……」
三柱の神々の輪郭が砂嵐のようにブレる。神界(親会社)のメインフレームが、これ以上のウイルスの汚染を防ぐため、下界とのネットワーク接続を強制的に切断したのだ。
不気味なノイズ音と共に、神々は空の彼方へ完全に消滅した。
戦場に、絶対的な静寂が戻る。
「……終わった、の……?」ヴィクトリアがへたり込む。
だが、ゼロスはすぐさま倒れたルシアンの元へ駆け寄った。
「勝手にチャラにして死んでんじゃねえぞ!!」
ゼロスは神をバグらせた残りの魔力を全て使い、ルシアンの消えゆく生体データ(命)を、強引にローカルストレージ(魔石)へと吸い上げ始めた。
「あのバカ、死んだら過払い金の請求ができなくなるだろうが!! 絶対に生かして取り立ててやる!」
親友の命を救う理由すらも金銭トラブルの延長として処理しながら、大賢者の決死のサルベージが始まった。




