【第57話】不当解雇の撤回と、究極のヒモ生活
【第57話】不当解雇の撤回と、究極のヒモ生活
神界(親会社)のシステムがクラッシュし、戦場に絶対的な静寂が戻ってから数日後。
人間界と魔界は一時的な停戦協定を結び、両陣営はそれぞれ崩壊したインフラ(マクシミリアンの残した不細工な地形)の復旧作業というデスマーチに追われていた。
魔王城の医務室では、全身包帯ぐるぐる巻きの監視官ルシアンがベッドに横たわっていた。
「痛てて……。ゼロスの野郎、俺の命を魔石にバックアップする時、扱いが雑すぎんだろ……」
見舞いに来たザガンが、苦笑しながら林檎を剥いている。
「仕方あるまい。奴はお前の命を繋ぎ止める間中、『借金の過払い金が〜』と叫んでいたからな。……それにしても、まさかお前が本当に生き残るとは」
「……借金は、これでチャラにしてやらないとな…」
ルシアンは天井を見上げ、親友の最低な屁理屈に感謝するように小さく笑った。
一方、王都の郊外にある静かな別荘。
ヴィクトリアは、数日ぶりにベッドで目を覚ました。神の環境改変でボロボロになった肉体は未だ軋むが、首元にあった重苦しい呪い――『奴隷紋』は完全に消え去っていた。
「……終わったのね」
ヴィクトリアは冷え切った指先で、何もない首元に触れる。
ゼロスは自らの意思で奴隷紋をパージ(退職)し、神界を破壊した。奴隷紋が消滅した今、ゼロスとヴィクトリアを繋ぐものは何もない。
「……あいつ、本当に自由になって、どこかへ行っちゃったのね」
窓の外の青空を見つめる彼女の胸に、少しの虚無感と、寂しさが広がる。
最強の大賢者が、ただの人間(没落令嬢)の元に留まる理由など、最初からなかったのだ。
彼女が重い身体を起こし、冷たい溜め息を吐こうとした――その時だった。
「おい、今日の朝飯のパン、固すぎねえか?」
部屋の隅。最高級のフカフカのソファーで、泥だらけのパジャマ姿のゼロスが、不満げに文句を言いながら寝転がっていた。
「ゼ、ゼロス……!?」
ヴィクトリアが驚愕で目を見開く。「な、なぜ貴方がここにいるの!? 奴隷紋は消えたのよ、貴方は完全に自由(無職)になったはずでしょ!」
「ああ。でもよく考えたら、自由になったら自分で稼いでメシ食わなきゃならねえだろ。そんな面倒くさいことするくらいなら、ヒモ生活の方がマシだ」
ゼロスは悪びれもせず、これみよがしに大きな欠伸をした。
「だいたい、俺はお前らクソ会社(神界含む)から勝手に『リストラ』された被害者だぞ。俺は一度たりとも辞表なんて出してねえ!」
ゼロスはソファーから起き上がり、ずかずかとヴィクトリアのベッドに近づくと、その細い顔を指差した。
「俺は『不当解雇の撤回』を要求する。……だから、これからも俺の面倒(三食昼寝付き)をしっかり見ろよ、元・雇用主」
それは、「システムの強制(奴隷紋)」ではなく、「相互の利益(ヒモと宿主)」という対等な契約への、関係性の完全なる論理的アップデート。
呆気にとられていたヴィクトリアだったが、すぐに彼女の白い頬が微かに赤く染まる。そして、その冷え切った口元に、たまらなく嬉しそうな、不敵な笑みが浮かんだ。
「……ふふっ。本当に、どうしようもない男ね。いいわ、雇い直してあげる。その代わり、骨の髄まで過労死するまでこき使ってあげるわ」
「上等だ。……よし、じゃあ契約更新記念に早速今日の昼寝の時間だが、このソファーもうちょっとフカフカのに買い替えといてくれ」
「自分で働きなさい!」
朝の光が差し込む別荘の部屋に、いつもの事務的な文句の応酬が響き渡る。
強制された主従関係は終わり、自らの意志(怠惰)で繋がった最強の共犯関係。
究極のヒモ男と悪役令嬢の、新たな不条理の幕が上がるのだった。




