【第50話】本物の友と、記憶のフォーマット
【第50話】本物の友と、記憶のフォーマット
人間界と魔界の国境線。
王都の深部で神界の宣告を受けた直後、ゼロスたちの目の前の空間が歪み、一人の男が転移してきた。
「目標、ヴィクトリア・レヴェンタール。これより不当契約の執行を代行する」
無機質な声と共に現れたのは、見慣れた監視官の青年。だが、それは先程倒した『偽物』ではない。魔王城の医務室から強制転移させられた、『本物のルシアン』だった。
彼のガラス玉のような瞳には一切の感情がなく、両手から放たれる光の魔術は、先程の偽物とは比べ物にならない純度と熱量を持っていた。
「なっ……! 本物だというのか!? だが、なぜ我々を攻撃してくる!」
ザガンが大剣を盾にして防ぐが、その巨体が一撃で後方へ吹き飛ばされる。
ゼロスは真っ赤に染まった仮想コンソール(システムウィンドウ)を死んだような目で睨みつけたまま、忌々しそうに舌打ちをした。
「あいつの脳を見ろ。あの神サマ(オルディウス)に、完全にフォーマット(初期化)されてやがる。俺たちとの記憶は全部ゴミ箱行きだ」
「記憶を消された……!? そんな、彼まで神に操られているというの!?」
ヴィクトリアが胸元の奴隷紋の激痛に耐えながら、氷の防壁を展開する。だが、神界の演算リソースをバックアップに持つルシアンの攻撃は凄まじく、ヴィクトリアの防壁は一瞬でひび割れ、彼女の口から鮮血が噴き出した。
「ふざけんな! 俺のメシの種(宿主)を壊されてたまるか!」
ゼロスはパジャマのポケットに手を突っ込んだまま、ルシアンの前に立ち塞がった。偽物を見破った、あの絶対的なパスワードを口にする。
「おいルシアン! 俺はお前に『いくら借金』がある!?」
偽物なら「1000ゴールドだ」と答える。だが、本物なら「いつになったら返すんだ!」とキレて正気を取り戻すはずだ。
しかし、ルシアンはピクリとも表情を変えず、無慈悲な光線を放ちながら答えた。
「――エラー。該当する債権記録は存在しない。契約違反者を排除する」
その冷酷なシステムメッセージに、戦場に絶望のシリアスが落ちる。
ルシアンには、思い出も、友情も、もう何も残されていない。情け容赦のない殺し合いしか道はないのだ。
ヴィクトリアが悲壮な覚悟を決めて魔力を練り上げようとした、その時だった。
「……はあ!?」
ゼロスが、信じられないものを見るような目でルシアンを指差し、ブチギレた。
「おい待てコラ! お前、俺の1000ゴールドの借金の記憶まで消されたのか!? ふざけんな、貸した側の記憶を消したら、俺の借金がシステム的にチャラにならねえだろ!! 帳簿バグってんぞ!!」
「……えっ?」
悲壮な空気に包まれていたヴィクトリアが、素っ頓狂な声を漏らす。
「貴方、借金踏み倒す気満々だったじゃない! 記憶が消えたなら好都合でしょ! なんで怒ってるのよ!」
「バカ言え! あいつが『俺はお前に1000ゴールド貸した!』ってキレてくるからこそ、俺がのらりくらり躱して踏み倒す『カタルシス』が生まれんだろうが! 相手が忘れてたら、ただ俺が金借りパクしてるだけのクズになっちまうじゃねえか!!」
国家の危機と親友の洗脳という壮大なシリアスの中、己の『借金踏み倒しの美学』が崩れたという謎の理由で、神のシステムにキレ散らかす主人公。
だが、そんな不条理な漫才を許すほど、神界の再編(M&A)は甘くはなかった。
「排除シーケンス、最終段階」
ルシアンの魔力が臨界点に達し、戦場全体を蒸発させる極大の閃光が放たれようとした、その瞬間だった。
『ドゴォォォォォォォォンッ!!!』
ルシアンの光線ではない。
戦場の上空――分厚い冬の雲が物理的に引き裂かれ、空から『巨大な黄金の岩盤』が落下してきたのだ。
岩盤が直撃した国境の森が、一瞬にして消し飛び、平らな荒野へと変貌する。
「な、なんだアレは……!?」
ザガンが土煙の中で悲鳴を上げる。
濛々と立ち込める土砂と黄金の匂いの中、上空からゆっくりと巨大な影が降臨してきた。その巨体は脂汗にまみれ、動くたびに雨上がりの重い土の匂いを撒き散らしている。
「……下界のインフラは貧弱だな。これではバグ(戦争)が起きるのも無理はない。私が、この土地を『神の街道』として綺麗に舗装してやろう」
静寂の壊し屋オルディウスに続き、第二の神――土砂と黄金の神将、マクシミリアンが降臨した。
彼は無限の神聖魔力を使い、魔界と人間界の国境そのものを『物理的に削り平らげ』始めたのだ。絶望がインフレを起こし、大賢者の休日が最悪の形で塗り潰されていく。




