【第49話】親会社の監査と、不当解雇の通達
【第49話】親会社の監査と、不当解雇の通達
人間界と魔界の国境線。
偽ルシアンの自爆を凌いだ大賢者ゼロスは、パジャマ姿のまま凍りついた大地にあぐらをかき、虚空に展開した無数のシステムウィンドウを睨みつけていた。
「よし、ダミーノードの通信キャッシュからの逆探知完了。この騒動の黒幕のIPアドレス――物理的な座標は、人間界の王城の深部だ」
ゼロスは疲労で死んだような目をさらに細める。
「ルミナスやクロノスに、こんなドブ板のハッキングは組めねえ。……この戦争を裏で引いてた真のサーバーは、王都の地下に潜む古い組織の残骸だ」
それを聞いたザガンが「ならば、すぐに王都へ攻め入るべきだ!」と大剣を構えるが、ゼロスは気怠そうに手を振った。
「馬鹿か。俺の契約に『海外赴任(敵国への出張)』なんて書いてねえ。……それに、現場で殴り合う必要はねえんだよ」
ゼロスの指先から、探針のような魔力が王都のネットワークへ侵入していく。
「あいつが魔界のネットワークに干渉した『バックドア』を利用して、王都の中枢サーバーごと完全にクラッシュ(物理破壊)させてやる。……俺の休日の安眠を妨害した罪は重いぜ」
――同じ頃。人間界、王都の地下深く。
宮廷筆頭魔術師ジークフリートは、水晶宮の前に座り、湿った体臭と共に低く笑っていた。
「ダミーノードの破棄は完了した。……さあ、ここからは『彼ら』の出番だ」
彼の背後にある薄暗い牢獄。そこに繋がれた無数の鎖の奥で、重傷を負いながらも鋭い眼光を放つ青年の姿があった。
『本物』の監視官、ルシアン。
ジークフリートは、本物のルシアンを次のボットとして利用すべく、新たな魔術のコーディングを進めていた。
だが、その時だった。
ジークフリートの背後――堅牢な魔術結界に守られているはずの地下室の空間が、ガラスが割れるような音も立てずに「切り取られた」。
「……古い組織のやり方は、非効率だな。不採用だ」
カビと羊皮紙の匂いが充満していた部屋の空気が、突然、無機質な『静寂』に塗り替えられる。
空間の裂け目から現れたのは、感情の一切を排した、ガラス玉のような瞳を持つ男だった。
「なっ……何者だ貴様ッ!」
ジークフリートが咄嗟に数十の防衛魔術を展開するが、男――静寂の壊し屋オルディウスが指を弾いた瞬間、それらの魔法陣は『発動しなかった』のではなく『最初から存在しなかった』かのように消滅した。
「魔術の破壊ではない……! 契約そのものの無効化だと!?」
驚愕するジークフリートを無視し、オルディウスは牢獄に繋がれた本物のルシアンの頭部に手を置いた。
「……人間と魔界の争いは、見苦しいバグだ。これより神界(親会社)による、下界の再編(M&A)を実行する」
その言葉と同時に、ルシアンの脳内に構築されていた『ゼロスへの友情』や『借金の記憶』のデータが、物理的にフォーマット(初期化)されていく。
――戦場。
王都のサーバーへの逆ハッキングを完了させようとしていたゼロスのシステムウィンドウが、突如として真っ赤な警告色に染まった。
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【結界改竄アラート】
[System] 神界ネットワーク(上位管理者)からの強制アクセスを受信。
[Error] 大賢者権限(Admin)のオーバーライドが拒否されました。
[Warning] 対象:ゼロスとヴィクトリアの『奴隷紋』。
[Notice] コンプライアンス違反の不当契約と判定。これより、契約の強制解除を実行します。
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「……痛ッ!?」
ゼロスの隣で、ヴィクトリアが胸を押さえて崩れ落ちた。ゼロスの首元でも、奴隷紋が焼き切れるような高熱を発し、激しく明滅し始める。
「な、なんだ!? 奴隷紋の呪いが消えかかっている……?」
ザガンが驚愕する中、ゼロスは真っ赤に染まったシステムウィンドウを睨みつけ、ブチギレたように叫んだ。
「はあ!? ふざけんな、どこのどいつか知らねえが、俺の『三食昼寝付きの正社員契約』を勝手に派遣切り(リストラ)しようとしてんじゃねえぞ!! 不当解雇の撤回を要求する! 労働審判だ!!」
神界(親会社)からの圧倒的な宣告に対し、ゼロスは『ヒモ生活の維持』という最低の理由で、神を相手に血みどろの労働争議を開始した。




