【第5話】恐怖の三者面談と、出向(侵略)してきた悪魔たち
【第5話】恐怖の三者面談と、出向(侵略)してきた悪魔たち
部屋の温度が、急激に下がっていく。
濡れた髪から滴る水滴が、絨毯に冷たい染みを作る。ヴィクトリアの氷のような指先が、ゼロスの首元の奴隷紋をそっとなぞった。
「……私の領地の帯域を使って、誰と『労働組合』の話をしているのかしら?」
極秘の通信回線の向こう側で、新魔王ザガンが息を呑む気配が空気を震わせた。
『な、貴様……その声、前任者か!? なぜ人間界に……いや、それより聞いてくれ! 貴様の残した備品管理の第4書式Bだが、項目が多すぎて魔族の脳では処理しきれん!』
「書式通りに処理できないなら、稟議を通さなければいいだけよ。無能ね」
冷え切った声が、空間のノイズを切り裂く。
ヴィクトリアは浅い呼吸を一つ挟み、口内に広がる錆びた血の匂いを無理やり飲み込んだ。脆弱な肉体はまだ悲鳴を上げているが、彼女の瞳には冷徹な為政者の光が宿っていた。
「魔界の備蓄が底を突いているのは知っているわ。こちらの提示する条件を飲めば、規格外の農作物をそちらのゲートへ送ってあげる」
『ほ、本当か!? 条件とはなんだ!』
「簡単なことよ。余っている魔族の労働力を、この辺境のインフラ整備に出向させなさい」
ゼロスが抗議する間もなく、ヴィクトリアは懐から【建国王の血璽】を取り出し、奴隷紋に押し当てた。
「第12条追加。領地の労働力確保のため、被契約者の魔力帯域を『魔族受け入れ用のゲートウェイ』として強制接収する」
「おい待て! 俺のプライベート回線を業務用のVPNにする気か! 大量の魔族の出入りなんか処理したら、頭がパンクして寝れなくなるだろ!」
大賢者の悲鳴を無視して、回線は強制的に業務インフラへと書き換えられた。
翌朝、辺境の荒野。
禍々しい角や翼を生やした魔族たちが、次元のゲートから列をなしてやってきた。領民たちが震え上がる中、魔族たちは鍬やスコップを持つ代わりに、一斉に巨大な魔法陣を展開する。
「喰らえ! 漆黒の煉獄炎!!」
轟音と共に大地が抉れる。だが、土木作業(用水路作り)としては明らかにオーバースペックであり、周囲の土まで無駄に焦がしていた。
「……ストップ」
土煙の中、ドレスの裾を汚したヴィクトリアが、ふらつく足取りで前に出る。無理な魔力行使の反動で毛細血管が痛みを訴えているが、彼女の声は一切の容赦がなかった。
「燃費が悪すぎるわ。その魔法一つで消費した魔力があれば、通常の土魔法で水路が3キロは掘れる。費用対効果という概念はないの?」
「えっ……いや、でも我々、魔族だし。カッコよくないとモチベーションが……」
「モチベーションで飯が食えるかしら? 交通費とまかない(食料)を前借りしておいてその程度の生産性なら、今すぐ契約を打ち切るわよ」
「す、すいません……!」
血を吐くような重厚なオーラで、巨大な悪魔たちをブラック企業のように詰める没落令嬢。
一方、館のベッドの上では、ゼロスが首元の奴隷紋から流れ込んでくる莫大な処理データに白目を剥きかけていた。
「なんで……俺が、あいつらのシフト表(リソース管理)まで組まなきゃいけないんだ……ッ!」
魔族たちの無駄に派手で大雑把な魔力行使。そのエラーと無駄を、ゲートウェイであるゼロスが裏で一つ一つ強制的に修正(最適化)させられているのだ。
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【結界改竄アラート】
[System] 魔族Aの魔術式『漆黒の煉獄炎』を受信。
[Error] 過剰出力。用途(土木作業)との著しい乖離を検知。
[Process] 術式の燃焼率を99%カット。余剰魔力を物理運動(掘削)へ強制変換。
[Update] 労働シフト第3班の最適化を完了しました。
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「ふざけんな! 俺は人事部じゃねえ! 魔力効率が悪すぎるんだよ、あいつら!」
ゼロスは枕に顔を押し当て、ギリギリと歯を食いしばる。
「おい、そこの角生えてるやつ! 詠唱が無駄に長い! 3小節削れ! そっちのデカいのは待機時間が長いんだよ! タスクの合間に休憩を挟むな、連続で土を掘れ!」
脳内に直接響く大賢者の怒号(業務指示)に、荒野の魔族たちは「ひぃぃっ! 前魔王様より、裏にいる現場監督のほうが怖い!」と涙目でスコップを動かし始めた。
だが、その異常な魔力変動――辺境に突如として大量の魔族が現れ、かつ極めて統制された労働を行っているという事象を、王都の冷徹なシステムが見逃すはずがなかった。
「……来たわね」
ヴィクトリアが、冷たい風の吹く空を見上げる。
王都の方角から、空を覆い尽くすほどの幾何学的な光の網の目――新体制が敷いた無慈悲な『監査結界』が、ゆっくりと辺境を飲み込もうとしていた。




