【第47話】自爆シーケンスと、無茶な雇用条件
【第47話】自爆シーケンスと、無茶な雇用条件
深夜の最前線、野営地。
大賢者ゼロスの足元で機能停止していたはずの偽ルシアン(ダミーノード)の死体が、突如として不気味な紅い脈動を放ち始めた。
『――警告。管理者からの強制コマンドを受信。当該ダミーノードの自爆シーケンス(物理的な証拠隠滅)を起動します』
機械的な音声が、無機質に戦場の空気を凍らせる。
「……チッ! あのクソジジイ、尻尾を掴まれたと分かった瞬間にリモートで証拠を消しに来やがったか!」
ゼロスは舌打ちをし、即座に虚空のシステムウィンドウを叩き割るような勢いでスワイプした。
「対象の魔力回路、過負荷率900%を突破! こいつの体内に圧縮されてる魔力は、さっきの極太の光線数十発分に相当するぞ! ここで自爆されたら、半径5キロ圏内の軍勢ごと更地になっちまう!」
その絶望的な報告に、ザガンが大剣を構えたまま血の気を引かせる。
「なっ……! 止めることはできんのか、ゼロス!」
「無理だ! 『自爆』ってのは魔法陣の破壊そのものだ! 正常なコード(解呪)を流し込んでも、システム自体が物理的に崩壊してりゃハッキングのしようがねえ!」
ソフトウェアの限界。物理的な『爆弾』の導火線に火がついてしまった以上、いくら最高のハッカーでもパソコンの爆発自体は止められない。
紅い光が激しく明滅し、偽ルシアンの肉体が膨張を始める。
大戦の最前線で、敵味方問わず数万の命が消し飛ぶカウントダウン。
だが、その極限のパニックの中。
ヴィクトリアだけは、氷のような冷たさを微塵も崩さなかった。
「……ゼロス」
血まみれのドレスの裾を揺らし、彼女はゼロスの隣へ歩み寄る。
「自爆のシステムそのものは止められなくても、その『爆発の出力先』を書き換えることはできるわね?」
「は?」
ゼロスがパジャマの袖を握りしめたまま振り返る。「ベクトルを書き換える? お前、まさか……」
「ええ。その自爆エネルギーを、すべて『上空』へ逃がすのよ。……私が、この戦場すべてを覆う『氷の砲身』を作るわ」
ヴィクトリアの言葉に、ザガンが「馬鹿な!」と叫んだ。
「ヴィクトリア! お前の肉体は限界だ! これ以上魔力を酷使すれば、血管が破裂して死ぬぞ!」
「死なないわ。……死なせないための、究極の防衛機構が隣にいるもの」
ヴィクトリアは、冷え切った指先で、ゼロスのパジャマの胸元を強く掴んだ。
「いいこと、ゼロス。私の命が尽きれば、貴方の『三食昼寝付きの安眠生活』は即座に終了する。……絶対に、私の防壁(魔力回路)を内側から補強しなさい。指一本でも手を抜いたら、私の血で貴方のパジャマを真っ赤に染めてやるわ」
それは、部下への依頼ではない。
究極のブラック企業(元魔王)から、己の命すらリソースとして差し出す、狂気の業務命令。
ゼロスはギリッと奥歯を鳴らし、ひどく忌々しそうに、しかし凶悪な笑みを浮かべた。
「……チッ。無茶苦茶な雇用条件出しやがって。労基に駆け込んでも信じてもらえねえレベルのブラック労働だぞ」
ゼロスの両手から、これまでにない膨大な魔力が迸る。
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【結界改竄アラート】
[System] 大賢者権限(Admin)による、他者の生体魔力回路への強制リンクを実行。
[Process] 対象の魔力生成プロセスを並列処理で代行します。
[Update] 自爆エネルギーの指向性をコントロールするための『巨大な氷の砲身』を物理構築中。
[Warning] 対象の生存確率を最優先事項として処理を続行します。
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「――出力、開始!」
二人の足元から、天を衝くほどの巨大な氷の柱(砲身)が急激にせり上がり、偽ルシアンの肉体を完全に覆い尽くした。
その直後。
『――自爆シーケンス、実行』
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!
想像を絶する爆発のエネルギーが、強固な氷の砲身に激突する。
「ガハッ……!」
ヴィクトリアの口から鮮血が噴き出す。氷にヒビが入り、凄まじい熱量が漏れ出そうになる。
「させるかよ……ッ! 俺の有給休暇(メシの種)がァァァッ!!」
ゼロスは己の魔力を限界まで絞り出し、ヴィクトリアの崩れゆく術式(氷の強度)を、0.001秒単位のリアルタイムでパッチを当てて(補修して)いく。
横溢する破壊のエネルギーは、逃げ場を失い、氷の砲身に導かれるままに上空へと一直線に噴き上がった。
それは、人間界と魔界の国境線の夜空を真昼のように照らす、極太の閃光の柱。
数万の軍勢が、その人智を超えた光の柱を呆然と見上げていた。




