【第45話】マルウェアの強制終了
【第45話】マルウェアの強制終了
奴隷紋の座標バグを利用し、完全に死角となるルシアン(偽物)の背後へと転移したゼロス。
無機質な動作でこちらを振り向こうとする偽物の首元――魔力回路が最も集中する接続ポートへ、ゼロスの冷え切った右手が音もなく触れた。
「直接攻撃はやらないって言ったろ。俺はただ、お前の脳みそに『ゴミ』を置いていくだけだ」
ゼロスの指先から、攻撃性を持たない、しかし極めて膨大で無意味な文字列が、濁流のように偽物の魔力回路へと流し込まれた。
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【結界改竄アラート】
[System] 対象のメモリ領域へオーバーフロー攻撃を実行。
[Process] 意味をなさないダミー変数を1秒間に10億回の速度でループ送信中……。
[Notice] 対象の処理能力が限界を突破。自律稼働マクロのプロセスがパンクしました。
[Update] 接続を強制終了します。
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「ガ……、ギ、ィ……ッ!?」
偽ルシアンの虚ろな目が見開き、喉の奥からノイズのような異音が漏れる。
HPを削ったわけでも、装甲を破壊したわけでもない。ただ、敵のOS(脳)の作業メモリを無意味なデータで溢れさせ、情報処理を完全にクラッシュさせたのだ。純粋なプログラミング的勝利。
魔力回路がショートし、全身から黒い煙を噴き出した偽ルシアンは、ついに糸が切れた人形のように石の地面へと崩れ落ちた。
「よし、強制シャットダウン完了」
ゼロスはパジャマの袖で汗を拭いながら、深く息を吐いた。
「やっぱパソコンも人間も、最後は電源ボタンの長押し(物理)に限るな」
「貴方……本当に大賢者なのよね? やっていることがただの力技の荒くれ者(IT土方)じゃない」
後方で膝をつくヴィクトリアが、血を拭いながら呆れたように呟く。
そこへ、ザガンが警戒しながら近づいてきた。
「……倒したのか、ゼロス。だが、なぜ親友である彼が……いや、そもそもこいつは本当にルシアンなのか?」
ザガンが倒れた青年の顔を見下ろす。
その直後だった。
ジジッ、という耳障りなノイズ音と共に、倒れた偽ルシアンの顔と肉体の輪郭が、砂嵐のようにブレ始めた。
「……なっ!?」
ザガンが目を見張る。数秒後、ノイズが収まったそこに倒れていたのは、ルシアンの顔ではなく、全く見ず知らずの中年魔族の顔(素体)だった。
「やっぱりな。分身魔法なんていうアナログな代物じゃねえ」
ゼロスは死んだような目で、その素体を見下ろした。
「こいつは、捕らえた人間の肉体の記憶データを完全に消去し、ルシアンの姿と魔力の波長を丸ごとコピーしてインストールしただけの『ダミーノード(複製)』だ」
「ダミーノード……?」
「ああ。トロイの木馬を使って他人の肉体を乗っ取り、同一のIP(ルシアンの存在)を偽装するボットネットさ」
ゼロスは夜空を覆う戦火の煙を睨みつけた。
「真の黒幕は、自分の手は汚さず、安全な場所からこの操り人形を遠隔操作して、戦争を引き起こしたんだ」
ルシアン自身が黒幕ではなかったという事実に、ザガンが安堵の息を漏らす。「そうか……ルシアンは我々を裏切ってはいなかったのだな!」
だが、その感動的な空気を、大賢者の最低な舌打ちが切り裂いた。
「チッ……ってことは、俺の飲み代の借金1000ゴールドを立て替えてる『本物のルシアン』は、まだどこかで生きてる可能性が高いってことか」
ゼロスは心底忌々しそうにパジャマのポケットを蹴り上げた。
「マジかよ……本物が死んでたら、あの借金完全に踏み倒せると思ったのに。クソが」
国家の存亡よりも、親友の生存よりも、己の借金1000ゴールドの行く末を案じて舌打ちする大賢者。
ヴィクトリアの「本気で死ねばいいのに」という冷え切った視線が突き刺さる中、見えない黒幕を突き止めるための、真のデバッグ作業が幕を開けようとしていた。




